コラム

    • 日韓関係の法的側面 (第1回/全2回)

    • 2019年09月17日2019:09:17:05:12:23
      • 平岡敦
        • 弁護士

1.日韓関係は法律問題が根幹に

 

日韓関係は戦後最悪の状態にあると言われている。その原因は,レーザー照射問題など様々である。しかし,最も大きな原因は一連の韓国大法院による徴用工判決(2018年10月30日の新日鐵住金株式会社に対するものと,同年11月29日の三菱重工業株式会社に対すもの)であろう。すなわち,日韓対立は,判決という法律問題が主要な原因となっている。そこで,国際法には素人ながら,触れることのできる法令や事実関係の範囲で,全くの私見を述べてみる。
 
 

2.そもそも他国の判決にもの申すことができるのか

 
まず,よその国の裁判所の判決に,日本が文句を付けることができるのか? という素朴な疑問が生ずる。例えば,韓国でビジネスを行っている日本企業に損害賠償を命ずる判決が下されたとして,それがいかにおかしな判決でも,日本政府が異議を申し立てることは,韓国の裁判管轄権を侵害することになるので,許されないのではないか? しかし,今回,日本政府は徴用工判決に対して,日韓請求権協定に反するものであるとして,韓国政府に対処を求めている。
 
もちろん裁判の結果を左右したり,裁判に基づく執行権を直接阻止したりすることはできない。しかし,韓国政府に対して適宜の処置を求めることは可能である。日韓請求権協定は,日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約に付随して締結された協定であり,「国の間において文書の形式により締結され,国際法によって規律される国際的な合意」(条約法に関するウィーン条約2条1項(a))であるから条約と同じ効力を有する。そして,「効力を有するすべての条約は,当事国を拘束し,当事国は,これらの条約を誠実に履行しなければならない」(条約法に関するウィーン条約26条)から,日本及び韓国は,日韓請求権協定の内容を履行する必要がある【※1】
 
【※1】韓国の憲法6条1項は「憲法のもとで締結・公布された条約と一般的に承認された国際法規は、国内法と同様の効力を有す。」と定めるので,「後法は前法を破る」の原則からすると,韓国議会で日韓請求権協定と異なる内容の立法を行えば,日韓請求権協定を遵守する必要はないことになる。しかし,その場合でも,条約法に関するウィーン条約27条によれば「当事国は,条約の不履行を正当化する根拠として自国の国内法を援用することはできない」としており,批准国である韓国には国際法上の義務を免れることはできない。
 
 

3.三権分立?

 

ただ,これは韓国政府(行政)に対して言えるに過ぎず,三権分立の原則がある以上,韓国裁判所(司法)に対して言えることではないのではないか?
 
しかし,国家責任についての国際法規則の内容を示す有力な資料の1つであり,国際裁判においても引用されることの多い国連国際法委員会が定めた国家の国際責任に関する条文4条によると,
 
「国家機関の行為は、機関が立法、行政、司法又はその他の機能を行使するか否か、国家機関を抑制する立場にあるか否か、及び、中央政府又は地方自治体の機関としての性格であるか否かを問わず、国際法上の国家の行為と考えられる。」
 
とされており,国家責任は司法すなわち裁判所の行為であっても国家に及ぶことになる。例えば,ベネズエラ政府がイタリア法人であるマルティーニ社を訴えた結果,ベネズエラの裁判所が下した判決について,仲裁裁判所は,判決が不当であるとして,ベネズエラ政府は判決によって課されたマルティーニ社の債務の無効を承認せねばならないと判断した(イタリア=ベネズエラ仲裁裁判所1930年5月3日・マルティーニ事件)。
 
 

4.民民の争い?

 
ただ,マルティーニ事件は仲裁の当事者が政府であったが,徴用工判決は当事者が個人と民間企業であるから,国際裁判の当事者が国であることを考えると,有効な判決を下すことができないのではないか,とも思われる。しかし,国家は,自国民が外国で被った損害について,自国の権利侵害として,他国に対して外交的保護の請求を行うことができる。したがって,日本企業の損害について韓国政府に対して国際裁判での請求を行うことも可能であり,具体的には日本政府が韓国政府に損害賠償等を求める形を取ることもできそうである。
 
 

5.徴用工判決は不当なのか?

 
このように,徴用工判決の不当を主張して,韓国政府を相手取って争うことも可能ではあるが,そのためには,そもそも徴用工判決が不当であると判断される必要がある。
 
サンフランシスコ平和条約4条(a)は
「日本国及びその国民の財産で第二条に掲げる地域にあるもの並びに日本国及びその国民の請求権(債権を含む。)で現にこれらの地域の施政を行つている当局及びそこの住民(法人を含む。)に対するものの処理並びに日本国におけるこれらの当局及び住民の財産並びに日本国及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む。)の処理は、日本国とこれらの当局との間の特別取極の主題とする。」
 
と定めている。したがって,日本企業と韓国国民間の請求権に関しても,日本国と韓国との特別取極の主題となる。
 
 

6.日韓請求権協定の内容

 
これを受けて,日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約が締結され,それに付随して日韓請求権協定が締結されている。そして,日韓請求権協定は,その1条で日本から韓国への3億ドルの無償供与と2億ドルの長期低利貸付を行うことを規定した上で,次のように定めている。
 
2条1項 両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、千九百五十一年九月八日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。
2条3項 2の規定に従うことを条件として、一方の締約国及びその国民の財産、権利及び利益であつてこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であつて同日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もすることができないものとする。
 
このように日韓請求権協定2条1項では,特段の留保を付けることなく「請求権」について「完全かつ最終的に解決された」とかなり強い調子で明示している。サンフランシスコ平和条約4条(a)についても,それも「含め」としているだけなので,サンフランシスコ平和条約4条(a)の規定内容によって「請求権」の範囲が狭められることはなさそうである。
 
 

7.徴用工判決の内容

 
しかるに,徴用工判決は,「請求権協定は日本の不法な植民支配に対する賠償を請求するための協定ではなく、基本的にサンフランシスコ条約第4条に基づき、韓日両国間の財政的・民事的な債権・債務関係を政治的合意によって解決するためのものであった」と判断した上で,「第4条(a)の範疇を超える請求権、すなわち植民支配の不法性と直結する請求権までも上記の対象に含まれるとは言いがたい。」として,慰謝料請求権である徴用工の請求権は,日韓請求権協定2条の「請求権」には含まれない,と判示した【※2】
 
 
⇒ 第2回につづく
 
 
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平岡敦(弁護士)

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