コラム

    • 日韓関係の法的側面 (第2回/全2回)

    • 2019年09月24日2019:09:24:05:26:42
      • 平岡敦
        • 弁護士

⇒ 第1回からつづく
 

8.徴用工判決の文理解釈のおかしさ

 

筆者は,戦前の日本が韓国を植民地として支配し,韓国国民に多大な損害を与えたことを否定するつもりはない。個人的には誠に申し訳ないと思っている。しかし,この徴用工判決の判断が二重の意味でおかしいこともまた事実である。
 
まず,サンフランシスコ平和条約4条(a)は,単に「請求権(債権を含む。)」と規定しており,徴用工判決のように慰謝料請求権を除外するような趣旨の規定と読むことは困難である。そう読まないと,サンフランシスコ平和条約があえてこの4条(a)を置く意味が見いだしにくい。
 
次に,日韓請求権協定2条1項は明確にサンフランシスコ平和条約4条(a)に規定されたものも「含め」としているのであって,徴用工判決がサンフランシスコ平和条約4条(a)に含まれない請求権は,日韓請求権協定2条1項の請求権には含まれないとする判断は,文理に反している。
 
 

9.文脈と当時国間関係合意からの乖離

 

条約法に関するウィーン条約31条1項は,「条約は,文脈によりかつその趣旨及び目的に照らして与えられる用語の通常の意味に従い,誠実に解釈するものとする」と定めているが,徴用工判決の解釈はこれに反している。
 
更に,同条約31条2項(a)は「条約に関連してすべての当時国間でなされた関係合意」は,同条1項の「文脈」に含まれるとしている。この点,日韓両政府は,日韓請求権協定に際して合意議事録2を作成しており,その中で「『財産、権利及び利益』とは、法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいう」と明確に合意している。
 
 

10.条約適用後に生じた慣行からの乖離

 
更に,条約法に関するウィーン条約31条3項(b)は「条約の適用につき後に生じた慣行であって,条約の解釈についての当事国の合意を確立するもの」は文脈と共に考慮されるとする。この点,日本は,「財産及び請求権に関する問題の解決と経済協力に関する日本国と大韓民国の間の協定第2条の実施による大韓民国などの財産権に対する措置に関する法律」を,日韓請求権協定の成立の約6か月後に制定し,その中で,韓国またはその国民の日本国またはその国民に対する債権または担保権であって日韓請求権協定2条の財産,利益及び利益に該当するものを,日韓請求権協定の効力発生日に消滅させるとした。このように韓国国民の包括的な請求権消滅に関する法律の施行を知っていながら,韓国政府は長年にわたりこれに対して特段の異議を述べてこなかった。このような事情も日韓請求権協定の適用について,後に生じた慣行として日韓請求権協定の解釈において考慮される。
 
 

11.対日請求8項目の性格

 
徴用工判決では,韓国がサンフランシスコ平和条約締結後,日韓基本条約の締結交渉において提示したいわゆる8項目(1962年の対日請求要綱)においては,第5項に「韓国法人又は韓国自然人の日本国又は日本国民に対する日本国債、公債、日本銀行券、被徴用韓人の未収金、補償金及びその他の請求権の弁済を請求する。」との文言があり,これを前提に日韓請求権協定が締結されたのだが,「8項目の他の部分のどこにも日本植民支配の不法性を前提とする内容はないから、上記第5項の部分も日本側の不法行為を前提とするものではなかったと考えられる。」としている。しかし,請求項目を列挙する場合,それらが多種多様な性格の請求を含むことは当然であって,他の項目の内容にないことを,ある項目が含むこともありうることであり,また,そうでなければ,項目を列挙する意味もない。徴用工判決の判決理由のこの論理も一般的なものとしては受容されにくいのではないか。
 
 

12.個人の請求権は失われない?

 
この点,日本の最一小判平成19年4月27日(判タ1240号121頁・中国人強制連行被害補償事件)は,日中共同声明を個人としての請求権も放棄したものと解した上で,その放棄によっても実体的権利としての請求権は消滅しないが,裁判上訴求する権能は失われる,と判示した。これを受けて,仮に日韓請求権協定による放棄が個人としてのあらゆる権利の放棄を意味するとしても,個人の請求権は失われないという主張がある。
 
しかし,上記最判が述べているように,裁判上訴求する権利は失われているのであるから,それが裁判上の請求権として判決で認められるべきというのは自己矛盾している。また,国家間の条約によって個人の請求権が処理されていても,個人の請求権が実体法上はなくならないということと,条約の中でどのような処理がなされているか,ということは次元の異なる問題であって,条約上,個人の権利が否定されている以上,請求ができるという論理は成り立たない。
 
 

13.司法的解決の困難さ

 
このように国際法の素人ながら,徴用工判決の内容は肯定することが難しいものであると考えざるを得ない。しかし,同時にこれを司法的に解決することが難しいのもまた事実である。日韓請求権協定3条には,次のような規定がある。
1項 まず外交上の経路を通じて解決
2項 交渉で解決しないときは仲裁委員会(日韓各1名の仲裁人と,第三国の仲裁人1名で構成)を設置して解決
 
日本は,この規定に従い,まず2019年1月9日に1項の協議の申し入れを行い,その後も何度か申しれを行ったが,韓国は協議に応じなかった。そこで,日本は,2項の仲裁委員会の設置を求める公文を同年5月20日に発出したが,韓国はそれにも応じず,仲裁委員会は設置されなかった。日韓請求権協定で予定されていた協議や仲裁による解決は実現しなかったのである【※3】
 
【※3】ただ,国際法に照らして自らの行為に問題がないと確信しているのであれば,通常は自信を持って仲裁委員会による仲裁に服することが可能であろうから,このように仲裁委員会の設置に応じないことも,一般的には徴用工判決の不当性を示す間接的な根拠になりうるのではないか。
 
 

14.国際司法裁判所による解決

 
仲裁が奏功しない場合,次に考えられるのは国際司法裁判所(ICJ)による裁判による解決である。しかし,ICJの管轄は,原則として当事国双方がICJに対して事件を付託している場合にのみ生ずる(ICJ規程36条1項)。すなわちICJで裁判を受けることに同意しないと裁判が始まらない。選択条項受諾宣言(ICJ規程36条2項)という一定の事項についてはICJの管轄に服することを予め宣言する制度もあり,日本は1958年にこれを受諾する宣言を行っているが,韓国は受諾宣言を行っていないので,この制度も適用されない。仲裁委員会の設置に関する韓国の態度を見ると,韓国がICJの裁判開始に同意することもなさそうである。
 
 

15.協議による解決しかない

 

このように,いかに徴用工判決の内容が不当であっても,それを司法的に解決することは困難である。しかし,武力による紛争解決は,様々な歴史の教訓,より直接的には先の大戦で経験した国民の惨禍を考えるとき,決して選択できない手段である。日本国憲法や国連憲章上も許されていない。とすると,この問題は両国政府の協議によって解決するしかない。日常生活であれば,隣さんとのトラブルは,最終的には裁判所が下す判決や命令によって,一応の解決がもたらされるが,国際関係においてはそういった解決を望むことは,現実的には無理で,いかに理不尽でも話し合いで解決するほかない。
 
 

16.東アジア情勢と協議の必要性

 
日韓関係の悪化は,防衛上の問題(GSOMIAの離脱)にまで発展しているが,それは単に昨今の日韓関係の悪化にのみ原因があるわけではなく,東アジア情勢における韓国の立ち位置の変化も影響を与えているらしい。報道(日本経済新聞2018年8月24日「軍事協定破棄,利は中朝ロに 日米と韓の安保観ズレ」)によると,韓国の昨年の輸出に占める中国の割合は約27%に達し,米国(12%)及び日本(5%)の合計をはるかに超えている。韓国は安全保障面でも中国に対して厳しい態度を取ることが困難になってきているのである。
 
問題を司法的に解決することの困難性,緊迫する東アジア情勢などを考慮するとき,日本の安全保障や経済的な権益を考えれば,付き合いづらいお隣さんであっても,日本は協議によって問題を解決し,これと共存して行かざるを得ないのが現実だと思う。
 
 
 
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平岡敦(弁護士)

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