コラム

    • オホーツクから日本の地域医療を考える

    • 2019年10月08日2019:10:08:05:07:46
      • 細谷辰之
        • 日本医師会総合政策研究機構 主席研究員

今、北海道オホーツク総合振興局の管内の自治体紋別市にある紋別市立夜間休日急病センターにいる。
 
紋別市はオホーツク海に面した流氷の来る町で、人口は2019年6月の時点で21,750人、人口減少のスピードはこの国の平均を上回る。
 
医療資源は乏しく、紋別市を含む紋別郡西部(西紋)1市3町1村およそ32,000人の基幹病院として「広域紋別病院(許可病床数150床、常勤医15名)があり、広域紋別病院以外の医療機関としては有床の施設が4院、無床診療所が3院、それに加えて、ここ市立夜間休日急病センターがあるが、市内で医療が完結できる状況には無い。たとえば、脳卒中と心筋梗塞は市外での受診、加療を余儀なくされている。
 
 

◆紋別市における地域医療の取り組み

 

紋別市では9年前に脳卒中と心筋梗塞については市外の専門医の常駐する施設への救急搬送の仕組みを改善しこれに対応してきた。
 
従来は、市内の医療機関に搬送し、そこでの検査と診断を経て、市外の専門医のいる機関に受け入れ要請をして転院搬送するやり方であった。これを、救急隊が脳卒中の疑いあり、急性心筋梗塞の疑いありと判断した場合、救急隊から直接市外の施設の専門医にコンタクトを取り、その専門医のメディカルコントロール下で搬送する方法に変更したのである。
 
この変更により、脳卒中疑いと心筋梗塞疑いの傷病者の搬送時間は、それぞれ3時間前後、70分前後であったものが90分前後、45分前後に短縮された。
 
脳卒中と急性心筋梗塞の専門医のいる施設は北見市と遠軽町にあり、紋別市中心部とそれぞれの施設の距離は94kmと45kmである。本州の事情からは絶望的な距離とも思えるが、到着するまで信号と曲がり角の少ない北海道ならではの環境により、この搬送時間の短縮が実現している。ちなみに、脳卒中の場合、紋別市中心部から搬送先の北見赤十字病院までの94kmの間の信号は9箇所、曲がり角は6箇所だけである。
 
紋別市はこの変更に伴い、受け入れ機関との協議の上、倉敷とシンシナティーの病院前スケールの併用による搬送プロトコールを整備し、また東京の聖路加国際病院の支援により救急部長が毎年2回派遣され、その指導で訓練と事例検討会を重ねている。また紋別市は予算を計上して、全ての救急車に12誘導の心電図が取れる設備を配備した。
 
さらに、去る8月8日、日本医師会の横倉義武会長を紋別市に迎え、オホーツク全域の広域医療連携を進めるためのフォーラムを開催した。このフォーラムは今後、各市町村単位、医療圏単位で完結が困難な医療供給をオホーツク全体で連携して行うための基盤づくりの一環として企画され、紋別市長のほか、網走市長、北見市長、遠軽町長の3首長、管内の4つの基幹病院、北見赤十字病院、JA北海道厚生連網走厚生病院、遠軽厚生病院の院長、広域紋別病院副院長、北見、網走、紋別、遠軽、美幌の5医師会長、北見、網走、紋別の3保健所長にくわえ、北海道医師会長と北海道庁の担当課長も参加して行われた。
 
市町村や、設置者の枠を超えての分業、集約化、共同を進めるのはきわめて困難が予想される難事である。まずは、定期的に首長、病院長、医師会長など当事者が集まり地域の問題を討議し続けることで、その難事を解決するための基盤をつくる試みである。一方、市の保健センターは、脳卒中と急性心筋梗塞にかぎらず、疾病の発症をできる限り押さえるべく、市民の健康度を高める活動に着手している。
 
 

◆地域医療における問題の本質

 

こう書き連ねると、いかにもこの地域では地域医療に対する十全の理解が浸透し、着実に環境整備が進行しているように見えてしまうが、実態はなかなか容易ではない。
 
確かに、種々さまざまな試みは進んでいる。しかし、進めば進むだけ困難な新たな問題が生まれ出るのである。
 
その根源にあるのは住民の「思い」かもしれない。その「思い」が求めるのは、必要な医療供給や、医療安全保障の体制ではなく、わが町の病院の立派さ。隣町の病院との共同よりも、隣町の病院より大きな病院の整備が望まれたりもする。
 
また、その「思い」がそれぞれの病院の機能に求めるのが、最大限の「安全」よりも「安心」と便利さだったりもするのである。
 
 

◆医療サーヴィスの特色

 

医療は、他の公共サーヴィスと異なり、あるいは私的な営利サーヴィスと異なり、いかに優れたサーヴィスであっても、それを受けないことがよりよいという特色がある。すばらしい医療サーヴィスがうけられるとしても、それを享受するためにがんに罹患したい人はほとんどいないであろう。
 
医療の最大受益者には、もちろん医療により救われる人が含まれる。しかし同時に、医療により救われる人を横目に見て一生病気にかからないで済んだ人も最大受益者であると思う。このあたりが意識され、理解されると医療にかかわる社会環境はずいぶんマシになるような気がしている。
 
住民の「思い」という猛獣を飼いならすこととこのあたりの理解の浸透、この地域の地域医療の明日を切り開くための鍵であると思っている。そして、多くのこの国の地域でも似たような環境にあるようにも思える。
 
 

◆オホーツクから発信する地域医療モデル

 

オホーツクブルーという言葉がある。オホーツク地方は、冬でも晴天のことが多い。意外に思われるかもしれないが、平均日照時間は全国でも有数に長い。
 
真っ白な大地に真っ青な空、真っ青な海に真っ白な流氷。
 
日本医師会総合研究機構の「日本の医療のグランドデザイン2030」のアクションプランでも、この地域の地域医療基盤づくり支援を取り上げた。この美しい風土の中で新たな地域医療のモデルとなる地域づくりの一助を担いたいと思っている。
 
 
 
***
細谷辰之(日本医師会総合政策研究機構 主席研究員)

コラムニスト一覧
月別アーカイブ