コラム

    • 水際のレジリエンス

    • 2019年11月19日2019:11:19:09:33:01
      • 林憲吾
        • 東京大学生産技術研究所 講師

◆防ぎきれない自然災害

 

10月に襲来した台風19号は東日本を中心に恐ろしいまでの猛威をふるった。各地で河川堤防が決壊し、深刻な洪水被害を残した。
 
だが同時に、今回の台風ではこれまでよりもはるかにその脅威に備える意思があったのも確かだろう。
「命を守る行動を」
そう訴える気象庁の姿には、いよいよ心底から過去の災害に学ぼうとする気概が感じられた。
 
何度も襲来する大型台風。東日本大震災をはじめとする数々の大災害。その経験のたびに、工学で、技術で、過酷な自然災害を完全に防ぎきることはできない、そう痛感させられてきた。
 
その現実を直視したからこその言葉だったといえよう。自然災害には各自の対応に委ねざるえない部分が必ず残る。少なくともあの言葉は、身の安全を最優先に置いて決断するモードに社会を引っ張ったのではないだろうか。
 
交通機関の計画運休もそのひとつだろう。出かけること自体をナンセンスにしてしまう絶妙な効力があった。かく言う私もこれをきっかけに、予定していた国際会議の開催を延期することができた。
 
しかし、だからといって被害をゼロにすることはできない。亡くなられた方々もたくさんいらっしゃる。復旧にはとんでもない時間を要する。被災された人々の困難を想うと心が痛むばかりである。防ぎきれない自然災害と付き合うことの難しさがここにある。
 
 

◆浸水とともにある暮らし

 

洪水は、私が研究しているインドネシアのジャカルタを頻繁に襲う自然災害でもある。台風こそないものの雨期の1月、2月は洪水リスクが高まる。
 
ジャカルタの中心部にはチリウン川という河川が南北に流れているが、この河川の氾濫はオランダ植民地期から数百年ずっとこのまちを悩ませてきた。放水路の開削や水門整備など、さまざまな治水が歴史的に試みられてきた。
 
しかし氾濫は止まない。土砂の堆積や河川にポイポイとゴミを捨てる生活習慣によって、流下能力は低いままである。さらに都市化によって宅地が増加したことから、被害はむしろ拡大している。
 
2000年代に入ってから2002年、2007年、2013年、2015年と、ほぼ5年に一度の周期で大洪水が発生している。都心の一等地でさえ道路は冠水してしまう。いわんや川沿いの住宅地はさらに酷い。浸水が3、4mにおよぶこともある。
 
川沿いの住宅地には「カンポン」と呼ばれる密集した住宅地が多い。入り組んだ路地に雑然と建物が並ぶ自然発生的な住宅地である。低所得者層の割合も高い。
 
土地の権利も複雑だ。植民地期から独立を経て土地制度が変化したことや、独立後の急激な人口流入で不法占拠が生まれたこともあり、公式に登記されていない土地も多い。
 
このような場所では排水設備の整備や維持管理が往々にして十分でない。そのため、川沿いの住宅地は浸水を前提に生活しているといっても過言ではない。洪水が近づくと、住民は家具をせっせと避難させる。
 
さらに復旧でも、上記のような土地柄ゆえにあまり公的機関には頼れない。といって保険があるわけでもない。畢竟、住民同士の相互扶助で対応せざるをえない。
 
しかし、そんな彼らはときにとんでもないレジリエンス(復元力)を見せることがある。それは東ジャカルタ・マトラマン地区のチリウン川沿いのカンポンを訪れたときのことである。
 
 

◆失地回復

 

このカンポンは川の斜面に張り付くように狭小な住宅が並ぶ(写真1)。敷地は河川の一部であることから公有地である。したがって制度上はインフォーマル居住地である。
 
しかし、勝手気ままに土地を占拠したというわけでもない。親から土地を引き継いで、すでに50年以上居住する者もあれば、賃貸契約を結ぶ者もある。法的根拠は曖昧だが、住民たちによる一定の規範の上に成り立っているといえる。
 
【写真1 川沿いのカンポン。右側の斜面沿いの住宅群が本稿の対象地。(Viani氏提供)】
 
この川沿いのカンポンの住宅に注目してほしい。河川に最も近い箇所が高床になっているのがわかるだろう。河川敷に柱を立ててその上に住宅が築かれている。
 
これを見ると、狭い住宅をできるだけ広くしようと、河川の上に強引に、違法を承知で簡易な土地を築いたとしか思えない。実際、住宅地に足を踏み入れると、路地が途中から竹を敷き詰めた床に変わる(写真2)。
 
【写真2 河川の上に設けた竹を敷き詰めた高床(Viani氏提供)】
 
しかし話を聞くと、どうもそう単純なものではない。竹敷の土地はもともと地面(大地)だったというのだ。
 
住民たちは本来川沿いの斜面を均して、その上に家を建てていた。しかし洪水によって土砂崩れが起きた。その結果、住宅の半分が土砂もろとも流されてしまったのである。
 
その失われた土地を復旧するために、竹敷の床が作られたのである。住宅を広くしようとする行為ではなく、失くした土地を元に戻す行為だったのである。
 
この土地の性質上、復旧に際して政府からの支援はない。資金も資材も自分たちで賄わなければならない。
 
資金についてはイスラム団体からの支援があったようだ。国民の約9割がムスリムのインドネシアにあって、ムスリムの繋がりは災害からのリカバリーにも重要な役割を果たしているようだ。
 
では、資材はどうしたか。実は偶然にもこの住宅地の対岸には建設資材屋さんが並ぶ。そこには建設足場用の竹がたくさん保管されている。1本4m200円のこの安価な竹を復旧に利用したのである。身の回りにある活用できる資源を見つけ出し、驚異の対応力で流された大地を復元したのである。
 
 

◆公・共・自のハイブリッド

 

東日本大震災で日本は公助の限界に直面した。公共事業で災害を防ぎきれないのと同じように、復旧・復興においても公的な支援だけでは行き届くのに時間も費用もかかる。
 
そのため、自助や共助の重要性が改めて認識された。それをうまく回すような公的な仕組みの必要性が説かれた。
 
ジャカルタの水際のカンポンが見せる復元力は自助や共助の賜物である。しかしこれは公との対立の中で培われている。制度上きわめて不安定な足場に住む人々が生存のために何とか対応した結果である。
 
こうした水際のレジリエンスにジャカルタ政府の目が向いているとは思えない。むしろ川沿いのカンポンの問題ばかりに目が向いている。
 
ここ数年来議論になっているのは、チリウン川の護岸整備である。政府とて頻発する洪水に手をこまねいてばかりもいられない。川幅の拡幅と護岸整備で流下能力の改善を図ろうとしている。
 
現在の川幅は約10〜20m。それを35〜50mに拡幅。さらに堤防の法面をコンクリートで固め、その上に道路を通す。毎秒200㎥の流量を毎秒570㎥にまで高める大規模な河川改修である。
 
そのためには川沿いの住宅地は撤去されなければならない。高層の集合住宅への移転や補償金による退去が要求される。
 
しかしそれが対立の火種になっている。屋台や商店を経営する住民にとって、居住の場は働く場でもある。そこを離れることを合意するのはなかなか難しい。半ば強引な撤去も実行される。
 
こうした大規模な河川改修を前にして、これまで洪水を凌いできた住民たちの小さな実践は見えなくなりがちだ。河川をがっちり固めて、洪水を最小限に抑えることに目が向いて、凌ぎの知恵は次第に忘れられていくかもしれない。それは日本が辿った経路ともいえる。
 
日本では公助・自助の回復がいわれ、インドネシアではその消失が危ぶまれる。公・共・自。そのハイブリッドによる新しいレジリエンスの創出。日本にしてもインドネシアにしても、そのために知恵を絞り合う好機ではないだろうか。
 
 
 
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林憲吾(東京大学生産技術研究所 講師)

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