コラム

    • 武漢ウイルス禍――野党の政治家は大人の振る舞いを

    • 2020年03月24日2020:03:24:08:46:32
      • 榊原智
        • 産経新聞 論説副委員長

中国・武漢発の新型コロナウイルス(武漢ウイルス)が世界を大混乱させている。人々の生命、健康を脅かすにとどまらず、世界規模の大不況(恐慌)を引き起こしかねない。欧州連合(EU)が30日間の入域制限を実施するなど世界の往来も麻痺してしまった。
 
武漢ウイルスは医療態勢が整っていないアフリカやアジア、南アメリカも襲うのではないか。これら地域でも多くの人が犠牲になりかねない。
 
危機を乗り越えるには、世界の全ての人々が力を合わせなければならないが、何にも増して必要なのは各国の政治家が全力投球で事に当たることである。
 
そこで日本である。
 
政府と与野党は19日、「新型コロナウイルス対策政府・与野党連絡協議会」を設けた。医療態勢に加えて、経済的危機に対する方策を論じ、まとめていくことになる。東日本大震災の際に設けられた「各党・政府震災対策合同会議」に倣ったものだ。
 
すでに安倍晋三首相は4日、各党党首と個別に会談し、新型インフルエンザ等対策特別措置法の改正への協力を要請した。その結果、共産党やれいわ新選組などは反対したが、多くの党の賛成によって改正特措法が成立した。政府や都道府県は、感染が急拡大する場合に抜く伝家の宝刀を手に入れたかたちだ。
 
政府と与野党には、大筋で協調しながら武漢ウイルスの脅威に対処してもらわねばならない。安倍首相は14日の記者会見で、改正特措法上の緊急事態を宣言する段階にないと説明した。改正特措法上はそうなのだろうが、日本が緊急事態に置かれていることは紛れもない。政府は、野党の要求を容れて、武漢ウイルスをめぐる対応について公文書管理を徹底する「歴史的緊急事態」に指定している。
 
政府と与野党は団結しなければならず、そのためには政治家がもっと大人になる必要がある。
 
報道各社の世論調査で、安倍内閣の支持率は持ち直している。武漢ウイルス対策で後手に回ったことで支持率が低下した。それに驚き、安倍首相が危機管理のギアを上げたことが奏功したのだろう。ただし、支持率を気にするのはこれまでにしてもらいたい。危機に際して内閣支持率の高低を気にしすぎては、判断を誤る場合がある。日本や世界、国民のために必要だと思う対策は、支持率にかかわらず断行しなければならないと肝に銘じてほしい。歴史的な危機に際して国家や国民に貢献することが政治家の本分であり、その余のことは考えずに全力投球しなければならない。
 
野党もモードの切り替えが必要である。平時であれば、政府与党の問題点をあげつらって政権打倒を目指すことは野党の仕事の一つである。今も、検察官の定年延長問題など野党が追及したくなる問題がいくつかある。政府与党の抱える問題を取り上げ、論じることはあっていいが、それを国会の混乱や倒閣にまでもっていっていい時ではない。武漢ウイルス禍は、東日本大震災、もしかするとそれ以上の危機かもしれず、倒閣をしている余裕などないと弁えるべきである。
 
今回の危機は、かじ取りが極めて難しい。感染しても発症しない人がまき散らすことがあるという、ウイルスの厄介な性質もそうだが、社会や経済との兼ね合いがある。
 
患者に対する医療を尽すことは重要だが、問題はパンデミックに対処する「公衆衛生」上の対策と、恐慌を防ぐための「経済」「社会」政策が当分、二律背反の関係になりやすいからだ。
 
武漢ウイルス禍を抑え込むには、しっかりしたワクチン、治療薬が登場しなければならない。今は、それまでの間、ウイルスによる被害を局限するための時間稼ぎ、撤退戦をしているようなものだ。中国や欧米が展開している人々の行動制限は、感染拡大のペースを抑えるには効果がある。ところが、それは経済を極端に冷え込ませる。外出制限や自粛が続けば生徒・学生の学業に支障が出る。公衆衛生上のメリットのある措置が、経済的、社会的デメリットになってしまう。
 
藤井聡・京都大大学院教授による11日付け産経新聞「正論」欄への寄稿「『過剰自粛』による大恐慌避けよ」は、経済が極端に冷え込むと自殺者が激増すると説いていた。97年の5%消費増税ショックによる不況で、日本の年間自殺者が2万人台から3万人台へ約1万人も増え、それが10年間ほど続いた。これによる日本人の死者(自殺者)の増加は10万人以上にも及んだという。昨年の日本人の自殺者は2万169人で、統計を始めた昭和53年以降最少だった。ウイルスによる直接的な犠牲者をできるだけ減らす一方で、大不況という間接的な要因による犠牲者も防がねばならない。
 
公衆衛生上の対策と経済・社会上の対策の双方に目を配って、大胆にして細心の注意を払わなければならない。それも、世界各国の動向を踏まえながら、だ。政治家は与野党問わず知恵を出し合い、迅速に物事を決めていかなければならないということだ。
 
それが果たしてできるのか。一部の国会審議をみると不安が募る。たとえば、立憲民主党の蓮舫副代表兼参院幹事長による16日の参院予算委員会での質疑である。蓮舫氏はしかめ面で、攻撃的な口調だった。動画があるので見ればわかるが、安倍首相に対して「何を言ってんだかよく分からないんですけど」「場当たり的発言はやめてくれませんか」「なぜ答えてくれないんですか。なぜ逃げようとするんですか」などと言いたい放題で、まるでけんか腰である。このような態度は、ウイルス禍の発生前の平常時と同じである。政府を責め立てることを第一の目的としているように受け取れた。
 
立憲民主も今は非常時だから、政府・与党や他の野党との連絡協議会に参加したのだろう。そのような立場と、蓮舫氏がとったようなけんか腰の態度は矛盾しないか。野党は、今は倒閣などできない、してはならない情勢に日本が置かれている点を理解しなくてはならない。事態が落ち着いた後、政権を倒そうとするのは構わないが、今は違う。武漢ウイルスとの戦いを遂行する上で中心的役割を果たす行政府を握る首相や閣僚らに対し、必要だと思う政策を提示し、真剣に検討させる方が建設的だ。それには、まず、野党議員の発する言葉が政府側の面々の心に届かねばならない。蓮舫氏は日ごろ、政府側を糾弾し続けているのだから、普通の冷静な口調、態度をとるだけで大きな効果があるだろう。
 
国民民主党の幹部である原口一博国対委員長も危なっかしい。18日には会派の会合で、安倍内閣批判を展開した中で、「言い方は悪いが、コックピットにお猿さんが乗っていたら、降りろと言いますよ。(安倍)首相が猿だとは私、絶対に言いませんけど」と語った。「猿に失礼だ」という野次が飛んだという。
 
原口氏にしても、野次を飛ばした国民民主議員にしても、安倍首相は猿だと揶揄しているに等しい。原口氏は「任にあらずという人たちがあらば、一刻も早く倒すのが私たちの務めだ」とも述べた。野党の議員とはいえ、一国の首相を猿に例えるのは品がない。平時なら苦笑されるだけで済む話かもしれないが、今は違う。「一刻も早く倒す」ような騒ぎを起こせる余裕はないと知るべきだ。
 
ストレートな政権攻撃を控えなければならないというのは、野党としてつらいところではある。だが今は、野党は大人の態度をとり、必要だと思う政策を国会や「政府・与野党連絡協議会」で提案しなくてはならない。それが採用されるかどうかは話し合い次第だが、不満があっても次善と思う策を持ち出すべきだ。政府・与党だけでなく野党も政策力、危機管理力が問われている。すぐに倒閣はできないが、じっと我慢して、危機を乗り越えるため汗を流せば、あの民主党政権に失望した多くの国民が、民主党の後継政党である立憲民主、国民民主などの野党を見る目も変わるというものだ。ウイルス禍が収束すれば、政府・与党と激しく対立すればいい。急がば回れである。
 
野党議員が、首相や政府側を口汚くののしるだけでは危機への対処の足を引っ張るばかりである。事態が悪化すれば政府与党だけでなく野党も責任を問われる。行政府を握っていないとはいえ、国民から見れば野党も権力者の集団である。枝野幸男立民代表や玉木雄一郎国民民主党代表はじめ各党のリーダーの党内統治力が問われている。短い会談ではなく、安倍首相と野党党首は腹を割って話し合ったらどうか。
 
 
 
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榊原智(産経新聞 論説副委員長)

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