コラム

    • 抑圧の習近平政権...香港旧宗主国の評判のよさを恥と知れ

    • 2020年07月07日2020:07:07:14:18:19
      • 榊原智
        • 産経新聞 論説副委員長

香港の自由は死んだ。
 
中国の全国人民代表大会(全人代)常務委員会が6月30日、香港国家安全維持法案を全会一致で可決、成立させた。同法は即日施行された。
 
「国家分裂」「政権転覆」「テロ活動」「海外勢力と結託して国家の安全に危害を加える」とみなされれば、直ちに取り締まりの対象になる。最高刑は無期懲役である。
 
香港では、集会の自由も言論の自由、報道の自由も失われた。香港市民、外国人を問わず、いつ身柄を拘束され、人権状況が劣悪な大陸へ連れ去られるかわからなくなった。
 
香港が英国から中国へ返還されたのは1997年7月1日のことだが、返還後50年間は香港に高度な自治を認める「1国2制度」を維持する約束だった。それが、返還23年にして形骸化したことになる。
 
「1国2制度」は1984年の中英共同宣言に由来する。この宣は、両国で批准書を取り交わしたれっきとした条約である。英国をはじめとする国際社会が中国の習近平政権に対し、国際約束を守れと言っているのは条約違反をするなと求めているわけで正当性がある。にもかかわらず中国政府は、「(同宣言は)歴史上の文書であり現実的な意義はない」といってごまかそうとしている。
 
テロ対策を理由に、中国本土の治安機関で、中央軍事委員会の傘下にある武装警察部隊(武警)が香港に派遣されることも、別の法改正により容易になった。1989年の天安門事件のような血の弾圧が、香港で再現されかねない。これも深刻な話だ。
 
自由や民主を知っていた香港市民は、共産党の独裁政権が支配する中国本土と同様の治安立法のもとで暮らすことになった。香港市民や国際社会からの批判の声に、習政権は馬耳東風と聞き流している。
 
国家安全維持法の施行から一夜明けた7月1日は、返還23年の記念日だった。インターネットによる呼びかけで、1万人の若者らが街頭に出て同法に抗議したが、370人が違法集会などの理由で逮捕された。このうち少なくとも10人は、同法違反容疑の逮捕である。「香港独立」の旗を所持するなどしていたからだという。
 
習政権は、力づくで香港の自由をつぶすことをためらわないが、このような振る舞いは現代中国自体を貶めることに気づくべきである。
 
国統治時代最後の香港総督だったクリス・パッテン氏は英テレビ局の取材に対し、国家安全維持法制定が香港の高度な自治を覆し、香港の「法の支配」が「全体主義的な法律」に置き換えられたと嘆いた。
 
 
英国政府も習政権に翻意を促し、香港の自由と民主を守るよう求めている。英国政府やパッテン元総督が香港における自由や民主主義、法の支配の大切さを説くのはもっともだ。多くの香港市民は返還後23年たっても旧宗主国英国を頼りにしている。
 
中国にとって極めて皮肉な事態ではないのか。
 
英領香港が生まれたのは、アヘン戦争(1840年~1842年)があったからだ。この戦争は、英東インド会社によるインド産アヘンの清国への密輸が原因となった。清国によるアヘン密輸取り締まりに怒った英国が開戦に踏み切った。当時英国内にも存在した反対論を押し切って始められた不義の戦争である。
 
戦いに勝利した英国は1842年の南京条約で、清国に香港島を割譲させた。その後、周辺を租借し、香港の領域を広げたのである。香港はシンガポールと並んで、東アジアにおける英植民地主義・帝国主義の象徴、重要拠点だった。
 
 香港の中国への返還は本来、喜ばしい動きのはずである。だが、現実はそう思われていない。返還当時も今も、香港市民は「中華人民共和国」に飲み込まれることを嫌っている。日本人は香港市民に同情している。
 
最後の総督としてパッテン氏は、自由選挙の拡大など香港の民主化を進めたが、これは返還を見越した動きで、英統治時代からすればわずかな期間にすぎない。それでも香港の人たちは、旧宗主国が残した自由や民主、法の支配を、本土の中国共産党政権による支配よりもはるかに高く評価している。
 
理由は簡単で、共産党が支配する政治が極めてひどいから、ということに尽きる。旧宗主国が歓迎される状態をつくっている習政権は恥を知るべきである。そもそも、中国本土が民主化され、自由や法の支配を尊ぶ国になれば香港に国家安全維持法を強制する必要などなくなるはずだ。
 
中国は先の大戦において、日本と同盟関係にあった中華民国南京政権を除き、「欧米植民地勢力+共産主義勢力」の側についた。重慶政権の蒋介石率いる中国国民党はファシズム政党の一種だった。戦後の中国は内戦を経て、共産党が圧制をしく国になった。共産主義は全体主義の一種でファシズムとは似た者同士だ。経済大国となった今、中国共産党政権は国内では民主化を否定し、外では力を背景に、自らを成長させた国際秩序の破壊者になろうとしている。
 
中国大陸を支配する政権は昔も今も、自由も民主も法の支配も認めてこなかった。香港の自由を殺した習政権は「中国の夢」「中華民族の偉大な復興」を唱えるが、悪い冗談にしか聞こえない。日本の隣国である中国が、香港の人々に旧宗主国を慕わせていることは本当に情けなく、恥ずかしい。中国本土が自由と民主、法の支配を尊重する国にならなければ悲劇は続く。
 
 
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榊原 智 (産経新聞 論説副委員長)

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