オピニオン

  • 日銀の国債直接引き受けと医療の財源

    2010:09:15:18:30:00
  • 2010年09月15日
  • 坂口一樹 (シンクタンク研究員)

 円高である。(執筆開始時の相場:9月9日東京=10時、1ドル=83円88〜89銭)

 
 この時期、海外旅行に出かける余裕のある方々にとっては嬉しいのかもしれないが、日本の輸出企業にとっては過酷な現実である。特に、大企業にぶら下がっている中小零細企業は、これから年の瀬にかけて、とても厳しい時期を過ごす覚悟を迫られている。私事で恐縮だが、最近まで父親(今夏に引退)が地方の零細企業の役員をしていたので、その辺りの事情が身に沁みて良く分かる。
 
 そこで昨今、政府・日銀の為替介入等の金融政策に、世間の耳目が集まっている。
 
 ただし、マスコミの取り上げ方は、「円高問題の一方、党内の政局にかまける政権与党・・・」というようなものばかりだが。
 
 
 そんな中、9月8日(水)、テレビ東京の全国ニュース番組で、専門家による次のような趣旨のコメントがあった。円高に対する政府・日銀の介入の是非についてである。(※Horiko Capital Management LLC, NYの堀古英司氏のコメントを筆者が要約。*は筆者補足。)
 
1.まず、介入して市場をコントロールできるという前提がおかしい。現在の為替市場は300-400兆円規模(1日平均)であり、他方、日銀が市場介入できるとしても10〜数十兆円規模である。介入の効果は短期的であり、長期的に見ると、(*為替業務に長年関わった経験からして、)必ずわが国の損失になる。
 
2.現在、日本では、過去の介入の結果として「30兆円規模」の損失が出ている。(*外為特会のB/S上の損失を指していると思われる)これは「納税者の負担」である。日本では、特別会計(外為特会)で見えにくくなっているせいか、納税者の負担という意識が薄い。
 
3.政府・日銀は、もっと大胆な金融緩和策を打ち出すべきである。介入で為替リスクの高いドル建て米国債を買うのではなく、むしろ内国債を買ってはどうか(*日銀の国債直接引き受けのことを言っていると思われる)。なぜ日本がこれだけ苦しいときに、米国のファイナンスを手助けしなければならないのか。
 
 
 非常に的を得た指摘だと思う一方、少々驚いた。特会への言及もそうだが、特に、上記3.についてである。民間人の発言とはいえ、世界的に見ても非常に特殊閉鎖的なわが国の大マスコミが、「米国債を買わずに日銀は内国債引き受けをせよ」という内容を全国ネットでTV放送したことについてである。浅学にして筆者が知らないだけかもしれないが、これまでこんなことは無かったように思う。日米両国で政権交代が起きた成果のひとつだろうか。
 
 
 こんな流れを受けてか、ちょうど次のような報道も聴こえて来た。9月9日(木)の参議院政策金融委員会において、「日銀の国債引き受けで政府の財政出動を支援すべき。」とする議員の意見に対する、白川日銀総裁の反論である。
 
曰く、「国債引き受け禁止は“人類の英知”である。」、「多くの経験を見ると、最初は問題がなくてもどこかで歯止めが利かなくなる。それが人間の社会の現実だ。」、「(日銀の国債直接引き受けを原則として禁じた財政法第5条について)人間の弱さを自覚するが故に、あらかじめ引き受けを禁止している。」
 
 この報道に対し、Twitter上では、日銀総裁発言に対し否定的なつぶやきが相次いだ。「スタンスが一貫してて、それはそれで評価できる。」とのつぶやきもあるにはあったが、少数派であった。
(※このようなケースでリアルタイムかつ簡便に人々の反応を知るのに、Twitterは便利だと思う。このケースでは、Twitterの検索窓で「日銀 国債」のキーワードで調べた。無論、対象がTwitter利用者という限られた人々であること、賛成よりも反対を発言したがる人が多いであろうこと等を考慮すべきなのは言うまでもない。)
 
ただ、折しもユダヤ暦新年のこの日。件の日銀総裁発言に関する報道は、「振興銀の破綻に伴う、わが国初のペイオフ発動」という大ニュースにかき消され、さほどマスコミの注目を集めなかったように思う・・・。
 
 
 以上のような現況を踏まえ、まとめにかえて、若干の問題提起と質問をしたい。
 
 今後の医療の財源として、私たち国民の選択肢は、ほぼ消費税引き上げしかない状況に追い込まれつつある。しかし、現状での消費税引き上げは、下記のような悩ましい問題を孕んでいる。
 
1.消費税の(納税者の所得に対する)逆進性の問題。
 
2.医療機関経営上の、いわゆる「消費税の損税問題」が未解決なままであるという問題(医療機関の経営破たんは地域医療の崩壊に直結する)。
 
3.消費税を引き上げても、その大部分は年金の財源に回り、医療へまわってくる公算が少なそうだという問題(同上)。
 
 
 そこで、「(例えば前年度の一般会計における社会保障費のうちの)医療費の枠内に限った、日銀の国債直接引き受け」という財源の調達方法について考えてみたい。
 
 社会学的な視座から見れば、医療は、「生産ができない状態にある人々(病人)」を「生産ができる状態の人々(健康人)」に戻そうとするという機能を持つ。経済あるいは財政的見地から、上記方法がどのくらいGDPや納税額の増加に寄与するか、私には正確に分からないが、可能性は大いにあるのではないか。
 
少なくとも、国民全体の幸福度の増進にはつながる。インフラ投資や年金の財源とした場合に比べて、特定の業界・業種、特定の年齢層への偏りも抑えられるのではないか。
 
本方法は、「医療費の枠内に限った日銀の国債直接引き受け」というリスクを、GDPや納税額の増加可能性と国民全体の幸福度の増進に転化しようとする試みである。為替リスクをとって外国債を買い入れるよりは、賢明なやり方ではないか。
 
また、日銀総裁発言にあるように、金融政策の哲学が、「人間の弱さ」に思いを致すものであるべきならば、上記方法の視点はアリなのではないか。人間の心身は弱いもので、いくら才能溢れた優秀な人間でも、少し風邪をこじらせただけで、生産性はほとんどゼロになってしまう。消費や投資などの意欲も起きないのは、誰もが経験上知っているだろう。
 
 
 私たち国民は、「医療費の枠内に限った、日銀の国債直接引き受け」という方法を、医療を支える財源調達手段の選択肢として、持っていたほうがよくないか。また、この方法の実現可能性はいかほどであろうか。
 
 金融の専門家のご意見を聞かせて頂きたい。