オピニオン

  • 震災後の情報・メディアとの向き合い方

    2011:08:26:11:15:15
  • 2011年08月26日
  • 坂口一樹 (シンクタンク研究員)

 

 放射能がもたらす健康問題について、私たちはどのように情報と向き合えばよいのだろうか。
 
 
 8月25日付の日経産業新聞のコラム・眼光紙背に、「問われるメディアの価値判断」と題し、鋭い問題提起が載っていた。
 
 それによると、児玉龍彦・東大教授による7月27日の衆院厚生労働委員会における発言がYoutubeで公開され、ネットで大反響を呼んでいるらしい。しかし、翌28日の主要全国紙・地方紙は、どこも全くそれを取りあげなかったという。
 
「世界で指折りの学者の国会での発言がなぜニュースとして報道されないのか」、「ネットに対し、既存メディアの最大のレーゾンデートルは正しい価値判断だったはず」、「伝えるものを確実に伝えるという機能を既存メディアが失っていないかどうか、改めて考える必要がある」と、コラムは手厳しく大手メディアの姿勢を批判している。
 
 
 読後、早速ネットで検索してみると、その動画はすぐに見つかった。
 
 わずか16分間のプレゼンテーション。しかし、科学者・臨床医としての専門的な知見に基づき、要点がコンパクトにまとめられた見事な内容だった。これまでに何が分かっていて、どんな危険が考えられるのか。そして現時点で実行可能な緊急対策とは何か。まさに私たちが今一番知りたい情報である。一国民として、目から鱗が落ちる思いがした。
 
 
 
 言うまでもなく、大手メディアが伝える情報には物理的な限界がある。新聞には紙幅があり、テレビには尺がある。とは言うものの、児玉教授の16分間に割く紙面や時間が本当に無かったのだろうか。
 
 今、私たちの目の前にあるのも、まさにコラムが問題提起する通りの現実なのではないか。一体私たちは、次期首相をめぐる駆け引きの進捗やベテラン芸人の黒い交遊関係について、詳細に正確な情報を知ったところでどうしようというのか。世の中のニュース価値の軽重を判断する機能がどこがで狂っているのではないか。
 
 
 かねてから、ネットを中心に、既存大手メディアを「マスゴミ」・「レガシーメディア」等と呼び、日本のマスメディアのあり方を問題視する意見があった。大震災以降、特に原発事故の泥沼化と共に、そういった声は徐々に大きくなっているように思える。
 
 若干極端に書けば、それは次のような意見である。
 
 大手メディアも東電や経産官僚と同じく「規制」に守られた既得権益層であり、スポンサー企業や政治権力とズブズブでどうしようもない。そもそも、被爆国&地震大国の日本で、54基も原発が作られるまでに至った経緯には、少なからず大手メディアのプロパガンダが関与していた。彼らを「中立的に世の中を観察して、価値ある情報をわれわれに届けてくれる便利な存在」などと思っていたら大間違いである。彼ら自身が既得権にしがみついているのだ。「5大民間資本+1」による特殊な寡占市場がこの国のメディア産業の正体であり、そこに真のジャーナリズム(≒権力の監視)は存在しない。ハイヤーで官公庁に乗りつけ、記者クラブでもらった横文字の資料を縦文字に直して記事にする社畜サラリーマンが居るだけ・・・といった意見である。
 
 
 もちろん、最前線で奮闘する東電社員や志高く高潔な官僚もいるように、中には気骨あるジャーナリストも少なからずいる。
 
 しかし、問題は人ではなくシステムなのだ。メディア産業の構造を変えないといけない。具体的な論点も絞られつつある。すなわち、変革すべきは、「クロスオーナーシップ」であり、「記者クラブ制度」であり、「経営から独立できない編集権」である。ただ、システムの問題なので、いくら気骨ある人がいたとしても、構造の中にいる彼らの自助努力では絶対に変わらない。したがって本当の意味での「政治主導」、すなわち「国民主導」で変えるしかない。
 
 既存メディアに対して、「われわれの代わりに世の中を観察してくれる存在」とみるのではなく、「メディアもまた世の中の一部であり、観察対象のひとつである」とする複眼的思考が重要となる。
 
 そういった意味では、twitterやFacebookといったSNSは、使い方によっては大変有用な情報手段となる。また、SNS以上に見直すべきは、超オールドメディア=「本屋や図書館にある書籍」だろう。震災後、原発や放射線関連本のコーナーなどで、今までは洟も引っ掛けなかった本を手に取り、新たな発見をした人は多いのではないか。
 
 
 とはいえ、メディアの構造を変えるまでには随分と時間がかかりそうだ。しかし、「放射能がもたらす健康問題」は待ったなしである。最後に、児玉教授のプレゼンに倣い、「現時点で実行可能な緊急対策」をいえば次のことだろう。
 
 今、最も必要なのは、「放射能がもたらす健康問題」についてオルタナティブな視点を提供できる中立の専門家である。国民全員がひとつの情報源に依存することの危険性は改めて指摘するまでもない。
 
 「先見創意の会」読者の方々は、皆覚えておられることと思う。2009年のインフルエンザ・パニックの際、政府・マスコミからの情報と併せて、私たちは外岡立人博士からの情報を得ることができた。マスコミを通じた大本営発表の情報と外岡博士からもたらされる最新の海外報道やアカデミズムの情報とを比較検討しつつ、吟味することができた。(パニックや過熱報道が収まった後も、現在まで淡々と同様の分析を継続しておられる同氏の姿勢には誠に頭が下がる。一流の科学者の研究態度とはこのような姿勢をいうのであろう。)
 
 私たちは、何とかして「放射能がもたらす健康問題」に関する外岡立人博士を発掘しなければいけない。機能不全に陥っている大手メディアにそれができないとすれば、専門職のネットワークこそ活用されるべきである。
 
 
 
--- 坂口一樹 (シンクタンク研究員)