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「米国医療の課題から考える医療のアウフヘーベン(止揚)」楊 浩勇  Yang Hao-Yung
(掲載日 2005.3.22)
 米国は国策として医療分野への市場原理の導入とヘルスケア関連産業の育成に力を入れ、その結果、米国の医療は市場拡大と技術革新という結実をみた。しかし一方で、政府は価格統制力を失い、医療費の高騰と無保険者の大量産出などの問題を招いている。日本は多くの分野において米国のスタイルを参考にしてきたが、医療制度と医療周辺産業の政策的育成も果たして同じように追随して良いのであろうか。

■福祉か産業か?

 一般的に医療は国民の生命と健康の維持、福祉であるばかりでなく、“産業”としても位置づけられている。医療を国民の健康維持と福祉の面から見た場合は、財政難のなかでは支出は必要最小限に抑えることが求められる。しかし、逆に産業として見た場合は国民医療費が高いほど市場規模は大きく、ビジネスチャンスが多く、雇用の創出や税収が増えることにつながる。米国の政策は明らかにヘルスケア産業の育成と保護の観点が他国に比べて比重が高いと言える。

 米国の製薬企業やバイオテクノロジー関連企業、医療機器メーカーなどの高度先進医療技術は、知的所有権を基にした米国の国際戦略の要である。米国企業は自動車や家電、エレクトロニクスなど一般製造業で国際競争力が低下し、ヘルスケア関連企業は外貨が稼げる米国の重要な産業である。

 米国医療は確かに医学研究と高度医療技術の水準は高く、民間病院における医療サービスは機能的かつ分業化も進み、教育システムや情報化も先進的である。医療を構成する個々の断片的なノウハウや技術、知識は先進的であり学ぶことが多いことは疑う余地もない。しかしその一方で、米国医療全体を見ると、米国型の「産業偏重型医療」には多くの課題があることは事実であり、これら問題点から学ぶことも多い。

■米国の医療制度

  世界的にみても、米国の医療制度はきわめてユニークなものであり、決して先進国の主流ではない。公務員や軍人を除く一般国民は「民間医療保険」が唯一の選択肢であり、それらに加入しない国民は「無保険者」となるか、または、一定の条件を満たせば高齢者向けの公的保険であるメディケアや、低所得者向けの支援処置制度であるメディケイドによってカバーされる。無保険者は国民の約15%に相当する4,400万人にも上る。

 民間医療保険のうち、「雇用主提供保険」が約9割を占め、個人が個別に加入しているのが約1割である。雇用主提供保険の保険料は7割を雇用主が負担している。日本を含むアジアとヨーロッパなどの医療保険制度を「官僚支配型」と敢えて分類するならば、米国は民間の保険会社と雇用主企業が支配権を握る「企業支配型」といっても過言ではない。

■米国医療の問題点


  米国の年間医療費は2001年時点で日本円に換算して156兆円、米国GDPの約15%に達している。医療費が高い理由には、「高い診療報酬と薬価」、「高コストと非効率」、「医療訴訟を恐れての余分な検査や処置、所謂 “Defensive medicine” 」などがあげられる。

 一般的には市場原理の導入は価格を下げると考えられているが、米国医療は市場原理に委ねられた結果、診療報酬に対する政府の価格統制力が弱まり、とくに最近では技術開発・革新に関するインセンティブが増大、それが医療費の高騰をもたらしているといわれている。また、市場(マーケット)における勝者はより巨大化し、さらに近年のM&A(企業の買収と統合)の増加も相まって、一部の企業による価格の支配力を高める結果となった。

 薬価が高い理由として、過剰なマーケティング費と管理費(平均で売り上げの31%にのぼり、研究開発費の倍以上)が問題視されている。米国ではテレビなどの一般広告媒体による処方薬の広告宣伝(所謂Direct to Consumer、DTC)も盛んであり、これらの負担は最終的には価格に転嫁される。

 「高コストと非効率」という点では、診療報酬体系が一元化されていないうえに、医療機関は千社もの保険会社とそれぞれ個別に契約しているため、患者の保険加入情報の確認や請求業務は非効率であり高コストである。それらが結果的に医療機関の運営コストと保険会社の高コストを招いている。また、医療従事者の高賃金、患者あたりの人数の多さもあり、一見効率的にもみえる業務の細分化と分業制の確立が、逆に非効率をもたらしている側面も見受けられる。

 訴訟の多さも米国医療の特徴の一つである。米国医師会の概算によれば、医療訴訟用の保険負担料は年間で約50億ドル、医療訴訟を恐れるために余分な処置や検査を行う、いわゆる“Defensive Medicine”で約150億ドル、計200億ドル(2兆2,000億円)が過剰な訴訟圧力のために費やされているといわれている。

■医療におけるアウフヘーベン

 アウフヘーベン(止揚)とは、ヘーゲル弁証法の基本概念のひとつで、ふたつの矛盾する概念をより高い段階で統一することである。産業偏重型と福祉偏重型、どちらが良いかは、答えの出ない問題である。福祉偏重型が理想ではあるが、財政的問題などから持続できない現実は否めない。かといって、産業偏重型が福祉偏重型の進化型では無いし、そうあってはいけないと医療人は本能的に確信している。

 解決の糸口は「福祉型」と「産業型」のそれぞれを否定しつつも、医療における原理原則を再認識しながら、より高次の統一の段階で生かして発展させるアウフヘーベンにあると米国医療の課題から教わったように思う。
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