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「微細な違いをわかってほしい」河原ノリエ
(掲載日 2005.3.29)
 「点字ブロックに沿って歩数を数えて歩く幼児。決めた歩数できっちりと歩ききれないとまた戻って数えなおす。小雨の降りしきるなか、傘もささずに奇妙な行動を繰り返す親子を道行く人は、怪訝そうに見ながら行き過ぎていく。

 在胎23週で生まれた超極小未熟児の双子のひとりとして、てのひらに乗るぐらいの大きさで生まれた息子は、今は、ほんとうに奇跡のように、元気に毎日を送っている。「ボクはちっちゃく生まれたから、繰り上がりの計算ができない」と、ワザとうそぶいて宿題を怠けようとするどこにでもいる小学生である。

 今はただ先端医療の恩恵に感謝する。しかし、ここに至る苦難の日々を振り返ると、手放しでは喜べない。出産後の二ヶ月間、息子の体重は400グラム台から増えず、脳内出血を繰り返した。そして、息子は重い障害の可能性を宣告されていた。「多くを望まないでくださいね」と、主治医の言葉。目を見開いたまま、息子の体は硬直し、麻痺がくるかもといわれても、どうしてやることもできなかった。

■子供に目を向けない現場

 その後の療育訓練により、筋肉の突っ張りがとれ、運動能力はなんとか追いついたものの、今度は激しい自傷行為が続いた。ドアや壁に頭をぶつけ、奇声をあげる。それはともに歩むうえでの苦難の道のりの前ぶれでもあった。息子のこだわりの強い、奇妙な思考様式に、来る日も来る日も悩まされることになるのである。息子の行動が落ち着きをみせるほんのしばらく前まで、私は深い闇のなかにいた。

 療育現場では、運動機能訓練のための様々なプログラムが用意されている。が、こと認知/知能能力が絡むことになると、指導員は途端に歯切れが悪くなる。知能に関連する事柄について尋ねただけで、「能力主義の優性思想に縛られてはいけない」と突然口調を荒げる人にも出くわしたことがある。

 療育関係者も、「障害は治るものではない」「その子のありのままを受け入れなさい」という画一のメッセージに縛られるあまり、現場が目の前にいる子供の状態にまったく目を向けていないことも多いといわれる。そんな状況で、あいまいな指導を受け、却って悩みを増幅させていく母親の姿も目立つ。

 最近では、不妊治療のために多胎になり、未熟児の出産が増えている。先端医療の急速な進歩により、過去には助かるはずのなかった子も救命されるケースが多い。そうして産まれた子供の多くが、何らかの微細な脳のダメージを受けている可能性があるとも言われている。

■問われる医療と教育の真価

 しかし、この国では、先端医療の恩恵で救命され、リスクを負ってうまれた子の長期的予後の追跡すら、まともになされていないのが現状だ。乳幼児の検診は厚生労働省の管轄であり、小児科医のフォローアップや、臨床心理師の育児相談のような形でしか、彼らに対するサポートはない。教育現場への橋渡しにおいては、障害児でも健常児でもないボーダーライン上の子供たちの現状の受け皿はほとんどない。

 遺伝的な、もしくは、出産時の微細な脳のダメージなどによる器質的、機能的な障害で、ほんのわずかの発達の偏りや遅れのある子供は「親の育て方が悪い、変な子」扱いをされてきた。最近は、LD(学習障害)、ADHD(注意欠陥/多動性障害)、高機能自閉症の子についての理解も進んでいる。しかし、子供時代を分断する厚生労働省と文部科学省という二つの省庁の縦割り行政の弊害で、適切な時期に適切な対応がされないまま、教育現場に投げ込まれていることに変わりはない。

 こうした子供は、障害が軽度であるが故に、将来にわたっても社会的な支援が得られない。しかし、一方では、その特異な認知様式と行動パターンによって、社会生活の中では、話の通じない変な人であるかのような扱いを受け、周囲と軋轢を起こしながら暮らしていかなくてはならないのである。

 足りない部分を補い、個々の能力と特性を見据え、活用する技術を習得させていけば、その子供は十分社会に適応していけるはずである。分離教育で、障害児と健常児という粗雑なくくりに押し込めてきた日本の教育界は、微細なハンディをもつ子をしっかり救いあげる現場の力も人材も育っていないとの指摘もある。本来、こうしたことにこそ、医療と教育の真価が問われるのではないだろうか―。
 
著書 月刊誌「世界」に「日本の生命科学はどこへいくのか」を連載中。
「人体の個人情報」(共著、日本評論社)
「ちょっぴりややこしい子をもったあなたに―恋するように子育てしよう」(近刊、河原ノリエ著・榊原洋一監修・中央法規出版)
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