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いのちは繋がっている 河原 ノリエ
(掲載日 2005.5.24)
 岩波の月刊誌「世界」に「日本の生命科学はどこへいくのか」という連載をしている。この問いが浮かんだのは、昨年初め、医療特許の調査のため、ワシントンに行った時のことだ。年間4,500億円以上にもなるライフサイエンス予算のうち、かなりの金額が特許料や試薬代として、毎年、アメリカという国に吸い上げられている。

■米国追従の研究体制

 スーパー301条、日米構造協議と、自国の利益を護るためには狡猾でまことしやかな論理を突きつけてくるアメリカに「ゲノムでは負けたけど、再生医療は勝てるかもしれない」という。しかし、サイエンスは勝ち負けで語るべきものではなく、経済効率を最初から目指すものからは、新しい産業など生まれない。

 もともと知的資本という概念は、資源もなく人間の智恵しかない日本が拠って立つよるべであった。それがいつのまにか、研究者の「野心」を煽り立てることで研究成果をあげるというインセンティブ理論が幅をきかせ、米国追従の研究体制をとるしかないというジレンマに嵌まっている。「なぜ、日本はアメリカの後追いばかりしたがるのか」と、薄ら笑いを浮かべながら聞いてきた米国の研究者に私は唇をかみしめた。

■閉鎖的な日本の研究現場

 連載を始めるにあたって、発問者として多くの声を聴いて回った。独立法人化の中、研究の活性化と同時に予算に透明性を持たせるため、研究は5ヵ年中期計画で行なうことになっている。しかし、4年目には次の中期計画のことを計画しなければならないので、実際に研究に充てることができる期間は3年しかない。だからデータが確実にとれそうな米国の後追い実験にしか手をだせない、とある研究者は嘆いていた。

 そして、今まで一部の人にしか関心を集めることのなかった生命倫理は、ゲノム予算の枠を拡大するためのアリバイ工作として、国民には関係なく存在し、輸入代理店のような倫理学者が「アメリカの場合は」とお手本を示す。

  短期的視野に陥っている日本の生命科学の愚かさのなか、この閉塞状況を捉え直してみるべきではないかと思った。これは、戦後60年を迎えるにあたり、大東亜共栄圏と父がかつて虚妄の夢を見た足跡を辿ろうとしていたことにも重なり、連載の準備取材のため昨年、アジアの研究室を廻った。

 近隣諸国からみると、日本の研究現場は閉鎖的で、アジアとの共同研究も知的文化交流のレベルのものも多い。そして、国際戦略を持たない日本の生命科学の問題点がより鮮明に浮かび上がってくる。アジアの多様性の中での知の共有基盤の形成は、思った以上に難しく、科学における再現性を重要視する度合いも、その国ごとの文化的差異のなかに存在していた。

 一方、ゲノム研究は欧米主導で進められ遺伝子資源の囲い込みが顕著だが、韓国が中央アジアから東アジアに至る一帯の遺伝子解析の取り組みを提案し、欧米の枠とは異なるゲノムの世界を目指していることは注目すべき新しい流れである。

■アジアにおける知的共有基盤とは

 この夏、「アジアでの知的共有基盤の形成は可能であるのか」というワークショップを東京で開催する準備を進めている。このワークショップは、私も構成メンバーの「アジア・ハイテク・ネットワーク」(※)も関わっている。

 誤解を招きかねない言い回しかもしれないが、かつて日本が「五族協和」、「王道楽土」と信じた「大東亜共栄圏の何が、どのようにまずかったのか」が個別具体的に知りたいと思う。きっとそこには、次の時代の地域統合の智慧が反面教師として存在しているはずである。アジア各地から研究者が来日するが、「過去は共有できなくても、未来は共有できるのではないのか」という、取材中に投げかけた研究者への問いかけへの答えも聞いてみたいと思う。

 人間という「ゆらぎ」を抱えた生命科学は、人の暮らしの営みの上に成り立っている。遺伝的繋がりは似ていても、生活習慣や環境が大きく違うアジアにおいては、お互いが研究資源である。生命科学が対象とするものは、長い歴史のなかを生き抜いてきた、いのちの繋がりと重なりである。いまのこの日中韓の閉塞感を破るには、共感と信頼がなくては夢を抱ける、新しい時代の「知の地平」は現れない。

  ※2004年8月に開催した第2回アジア・ハイ・テクノロジー・ネットワーク国際会議の模様 >> http://unit.aist.go.jp/rice/news/nanobaio04.htm

著書 月刊誌「世界」に「日本の生命科学はどこへいくのか」を連載中。
「人体の個人情報」(共著、日本評論社)
「ちょっぴりややこしい子をもったあなたに―恋するように子育てしよう」(近刊、河原ノリエ著・榊原洋一監修・中央法規出版)
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