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(掲載日 2005.5.31) |
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ここに、国立社会保障・人口問題研究所が2002年に行なったアンケート調査がある。まずは、回答結果(複数回答可)を先に示そう。カッコ内はその回答を選んだ人の割合を示している。
「育てるのにお金がかかりすぎるから」(62.9%)、「これ以上、心理的・肉体的負担に耐えられないから」(21.8%)、「のびのび育つ社会環境ではないから」(20.4%)、「健康上の理由から」(19.7%)、「自分の仕事に差し支えるから」(17.1%)、「欲しいけれどできないから」(15.7%)、「家が狭いから」(14.6%)、「夫の協力が得られないから」(12.1%)、「自分や夫婦の生活を大切にしたいから」(11.5%)、「夫が望まないから」(7.2%)――などとなっている(一部問いの文言は変えた)。(注1)
■未婚率の上昇が少子化の背景
さて、これは何について尋ねたアンケートだろうか。これを「家でペットを(飼いたくても)飼えない理由は何ですか?」と聞いたものだ、と言われても納得してしまうのではないだろうか。
実は、これは「理想の子供数を持てない理由」について尋ねたアンケートの回答である。若年世代が子供を持つことに対する認識は、ペットを飼うが如く「趣味」や「余暇」に近い感覚になっているのかもしれない。少子化の原因は根深いものがあると言えよう。
ただし、今の若年世代でも理想とする子供数が昔に比べて少なくなったわけでは決してない。国立社会保障・人口問題研究所の調査によると、50歳未満の既婚女性の理想の子供数は、1977年では平均2.61人、2002年では2.56人と2.6人前後で安定推移している。また、結婚期間15〜19年の女性が出産した子供数も、1977年で2.19人、2002年で2.23人と、2.2人前後で推移している。つまり、結婚している女性が子供を生まなくなったわけでもない。
少子化の背景には、未婚率の上昇がある。国勢調査によると、30〜34歳の未婚率は、1975年に男性が14.3%、女性が7.7%だったのに対して、2000年では男性が42.9%、女性が26.6%になっている。これを見れば一目瞭然。我が国では婚外子は少ないから、未婚率の上昇が少子化の大きな一因となっている。
■フランスにおける出生率上昇の背景
少子化が深刻化する中で、政治レベルでも少子化対策が真剣に議論されるようになってきた。わが国の施策の参考例に挙げられることが多いのは、フランスとスウェーデンである。
日本であまり知られていないが、この両国で出生率が上がった理由の1つは、婚外子を是認する環境が整えられていることである。フランスでは、婚外子への法的差別がほとんどない。若年世代を中心に、婚外子の数は1980年代以降、増加の一途を辿った。そのお蔭もあってか、合計特殊出生率は1.91と他の先進国よりも顕著に高くなっている。フランス国立統計経済研究所が発表した2004年の人口統計調査によると、2004年に生まれた子供のうち、摘出子は52.6%だった。つまり、残る約半分――47.4%の子供は婚外子だったのである。
だからといって、両国を見習えと主張する論者は、我が国でも婚外子を増やせと言っているわけではないだろう。できれば、従来培われてきた家族形態を大きく変えずに、少子化に歯止めをかけたいと考えているはずだ。しかし、その取り組みは前人未到の挑戦になるだろう。恐らく険しいナローパス(細い道)となるに違いない。
その成否は、社会全体が、子供を生み、育てるのに良い環境が整っているかにかかっている。子供を持つことを「趣味」感覚で捉えている若年世代に対して、いきなり「お金をあげるから、子供を産めよ、育てよ」といっても、劇的な効果は期待できない。皮肉って言えば、若年世代の認識を逆手にとって、子供をもうけるという「趣味」や「余暇」にのめりこめる経済社会環境を整えることが、少子化対策のコツかもしれない。
■異なる動機付け
その観点から言えば、税制面における優遇措置に決定的な効力があるとは考えにくい。なぜなら、大半の子供を生む可能性がある世帯の所得は源泉徴収されており、租税負担減免の効果を体感しづらいからだ。さらに、若年世代が払っている所得税はもともと多くないので、出産・育児を優遇する税制を敷いたとしても、減免額はたかが知れている。
また、保育園など乳幼児の頃から育児をサポートする環境を整備する政策が良いとする意見もある。確かに、保育施設があることによって、さらなる出生率の低下に歯止めがかかっている可能性は高い。しかし、だからといって、もう1人生もうと思う動機付けになるだろうか。
以上のように、筆者は少子化対策については消極的な意見を開陳したが、決して少子化対策が無駄だと言いたいわけではない。若年世代の行動原理をよく理解したうえで、的を射た対策を講じるべきであると述べたいまでである。
■雇用調整のしわ寄せ
的を得た対策を講じるためには、初めて子供を生もうとする夫婦(または、カップル)と、さらにもう1人子供を生もうとする夫婦(同)を分けて考えなければならないと考えている。子供を生む動機付けが、そもそも異なるためである。
まず、1990年代、終身雇用制の中で、雇用調整のしわ寄せを受けたのは若年世代であることを忘れてはならない。未婚率が高い理由が、安定した所得や資産がないためであるならば、若年世代に安定した就業機会を提供することが重要である。もう1人子供を持とうとする夫婦以上に、結婚して初めて子供を生もうとする夫婦にとっては重要な問題である。子供を生むならお金をあげる、という類の話ではないことは明らかである。
もう1人子供を生もうとする夫婦に対しては、育児環境の改善が鍵となろう。特に、医療や教育をめぐる環境改善が重要である。親としては、子供がまずは何より健康で肉体的に支障なく発育してくれることを望むからだ。
第1に、医療であるが、1980年代から続く少子化の影響で、小児科医の数が減少している事実は問題視しなければならない。自治体によっては幼児の医療費を無料化しているようなところもある。しかし、小児科医の数が十分でなければ、医療費の無料化も効果を発揮しようがない。
第2に、教育についても同様である。近年では公立学校での学級崩壊など、環境悪化を懸念させる出来事も起こっており、私立学校に行かせる世帯が増えている。そうすると子供のいる世帯の教育費の負担が大きくなる。教育にかける負担の軽減こそ、少子化対策として有効であろう。
また、全体として、高齢出産が増えていることも見逃せない。医療技術を向上させることにより、高齢出産の危険性を低めることも有効な少子化対策になり得る。
今までも、何かとお金を注ぎ込んで少子化問題を解決しようとする動きはあるが、どれも特効薬とはなっていない。就業、医療、教育といった出産や育児の周辺環境を整えていくという、長期的視野に立った地道な少子化対策が求められているのではないだろうか。
(注1)これ以外の回答として、「高齢で生むのは嫌だから」(33.2%)、「一番末の子供が定年退職までに成人して欲しいから」(9.6%)もある。
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