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「医師がビジネスを通じて感じたことと学んだこと」 楊 浩勇
(掲載日 2005.7.19)
 医療における経済性が盛んに問われるようになってきた。医療と経済、または、医療とビジネスとはどのような関係であるべきなのか?世論の多くは、医療分野に経済性やビジネスマインドを導入すれば、医療費の削減と質の向上が得られると仮説をたてているが、果たしてどうであろうか?ビジネスと診療を両立してきた医師として、感じたことを整理してみたい。

■医師のビジネス進出

  筆者は医学部を卒業後、臨床に携わる傍ら、医療に関わるITやバイオ関連企業等の立ち上げと運営を経験してきた。1996年に設立した医療系のIT開発会社は、1998年にマイクロソフト社の出資を得た後、2000年には大手上場企業にM&Aで売却。その後、米国NASDAQに上場する医療情報最大手の日本法人立ち上げと経営を経験した。

 現在でも医療法人以外にいくつかの会社に出資して経営に携わっている。診療とビジネスの両立を通じて、医療とビジネスはどのような関係にあることが望ましいのか、そもそも医療とはどういうものであり、また、どのように変革していくべきなのか、悩み考えさせられる機会に度々遭遇する。

 医師の国家資格を取得した者の進路としては最も多いのは当然ながら病医院で臨床に携わることであるが、この数年の間で、臨床以外の道に進む医師の数は明らかに増加してきている。今から10年前は、医師が診療以外の進路に進むことに対する抵抗感は強かったように感じる。特にビジネスの方面に進むということに対して、周囲からの目は厳しかった。

  臨床以外の道としては、大学や研究機関において研究活動を行う医師、行政や医師会などの政治活動に関与して医療の体制作りに関わる医師、製薬会社などの医療関連企業に勤務する医師、医師を辞めて医療とまったく関係の無い職業につくものなどがいる。さらにその他、バイオベンチャー、医療関連のIT開発や、人材派遣業、治験支援、化粧品の開発、健康食品の開発など自ら起業する医師やベンチャービジネスに関与する医師も出現してきた。

  診療以外で活躍の場を求める医師が増加した背景には、社会における医師の地位の低下、待遇や報酬などの生活や将来性に不安を感じているからだという面も否めない。しかし、大部分はよりポジティブな考えでの転職を考える医師が多いと信じている。現在の診療報酬制度のなかで、医師が患者にしてあげられることに限界を感じて自己実現の場を診療以外の分野で力を発揮しようとする医師が増加してきた。良い医学研究を行うことは社会に貢献することであり、良い医療提供モデルを構築する政策者や事業者も社会に貢献することだという考えである。

 社会的な側面から見ても、今後は医師数が過剰になると予想され、医師の果たす社会的役割というものが、診療以外の面でもますます求められるようになると考えられる。医療と健康に関わるニーズが多様化及び高度化するなかで、医療と健康に関わる専門家が製品やサービスの企画と開発に深く関わっていくことが今後も期待されると思われる。

 医師が医療に関連するビジネスを行うことは、医学の知識や技術、医療界の人脈を活かすことはもちろんのことであるが、さらに重要なことは多くの患者の気持ちを身近で知る立場であり、医師としての道徳観、医療人として正しいかどうかの判断をすることを宿命づけられているところにあると考える。

  しかし、現実的には医師が診療以外の仕事で医師並みの報酬を得ることはそう容易なことでは無い。医療界とは違った文化とルールのなかで、医療人としての本質を忘れることなく収益とのバランスをとらなければならない。

 また、医師であるということで一目おかれることもあるが、逆に医師でビジネスをしていると不利であると感じることもある。「医師は社会のことがわからない」、「上手く行かなくなったら逃げ道として診療で食っていける」といったように見られることもある。これはビジネス以外の研究、行政などの分野に身を置く医師も同様であるのではないだろうか。医師がその分野で認められるような立場になるのには、ある程度の時間と経験、実績が必要であり、難しいことである。明確な使命感や目標を持たなければ継続できないものだと考えている。

■医療と経済性の関係

 「医療」と「経済性」の関係を東洋の古典的思想の陰陽説に基づいて考えると、納得ができるように思える。すなわち両者はお互いに相対立するが、同時に依存しあって存在し、一方を失うことによってもう一方は存在する意味がなくなる。片方だけを増やそうとしても大きくならず、もう一方も相対して充足させなければならない。

  「陰陽説」は円の中に白色と黒色によって構成される太陰大極図によって表すことができる。白と黒を単純に攪拌して混ぜてしまうと灰色になってしまうように、医療と経済性を単純に混ぜると白と黒が混ざってしまい、社会における医療の存在意義そのものが変容してしまうと危惧している。医療がより複雑化してきた今こそ必要なのは、白はより白く、黒はより黒く、そして白と黒を絶妙な配分とスピードで変化させながらも全体のバランスとる必要がある。

 ミクロ的に、個別の継続的に成功している医療機関の経営者を観察すると、いずれも明確かつ強い使命感と医療観を持ち、ビジネス的な才覚と感性を両立させ、絶妙なバランス保っているように見える。

  元々、経済の語源は経国済民、すなわち、経済とは国を治めて人民を救うことである。経済も医療も共に人民を救うためにあるはずであった。いつからか経済の解釈が拡大され「費用と手間がかからないこと、金銭のやりくり、金銭的な損得」としてむしろ一般的に使われるようになってきた。経済が豊かになった時に、病気で苦しむ人が減るような医療保険制度であってほしいし、正しい医療を提供した医師が報われるようなフェアな報酬制度であってほしいと願う。
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