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「高齢者の年齢区分と負担能力」 金野 充博
(掲載日 2005.8.2)
■高齢者負担が焦点に

 秋から本格化する医療制度改革論議では、高齢者の負担問題が最大の焦点になりそうだ。最近の報道によると、厚生労働省は(1)70歳以上の高所得者の窓口負担を現行の2割から3割に引き上げる、(2)65歳から74歳までの前期高齢者のうち、現在、保険料を納めていない扶養家族からも保険料を徴収する――方針だとされる。

 夫婦で年収621万円以上の高所得者の窓口負担引き上げは、3割負担となっている現役世代とのバランスや実際の負担感を考慮すれば、異論は少ないかもしれない。しかし、後者は大きな争点となるだろう。

■年齢区分は65歳が妥当

 高齢者の負担問題は当然のことながら、老人保健制度に代わって創設される高齢者医療制度の枠組みに照らして議論しなければならない。政府が2003年3月に閣議決定した基本方針は、75歳以上の後期高齢者を一般の医療保険制度から切り離して独立させ、65歳から74歳までの前期高齢者については被用者保険と国保に加入したまま制度間の財政調整で医療費をまかなうとしている。

 前期高齢者にも現役世代並みの負担能力があるとすれば、前期、後期高齢者を区分する考え方は理解できるが、それを裏付けるデータは寡聞にして知らない。高齢者にも応分の負担を求める流れを作るきっかけになった平成12年(2000年)版厚生白書にある年齢階層別1人当たり所得(年額、1997年時点)を見ると、60歳〜64歳は248万円、65歳〜69歳は224万円、70歳〜74歳は206万円、75歳〜79歳は195万円、80歳以上は200万円となっている。80歳以上を別にすれば、高齢になるほど所得は減少するが、65歳と70歳時に比べて75歳時の落ち込みはさほど大きくない。

 また、来年4月に施行される改正高年齢者雇用安定法は、各企業に従業員の65歳までの雇用を義務付けている。60歳定年は変更しないでいったん雇用関係を清算した後、再雇用する企業が多いと見られ、定年前に比べて給与の落ち込みは避けられなくなるものの、60歳代前半も一定の収入は確保できるようになる。

 その意味で、高齢者の負担能力の大きな節目は65歳と見るべきであり、年金受給や介護保険との兼ね合いから見ても、高齢者医療制度の対象年齢は65歳以上とするのが妥当だろう。厚労省は前期、後期高齢者を区分する理由について「身体機能や病気の発症率等の違い」を挙げている。しかし、この部分は個人差が大きいことを考えれば、75歳を境に「負担と給付」のあり方を変えるのは乱暴すぎるのではないだろうか。

■前期高齢者も2分割か?

 厚労省が75歳での区分にこだわるのは、65歳以上を包括した制度にすれば、急速な高齢化のなかで国の財政が破綻すると見るからだ。厚労省試案が公表されていない段階では推測の域を出るものではないが、前期、後期高齢者を切り離した高齢者医療制度を創設する場合、窓口負担は(1)70歳以上は2割、65歳〜69歳は3割(70歳以上の高所得者は3割)、もしくは(2)75歳以上は1割、70歳〜74歳は2割、65歳〜69歳は3割(70歳以上の高所得者は3割)――というパターンが想定される。

 前者が急進的過ぎて受け入れられないと判断すれば、後者を選択すると思われるが、この場合は前期高齢者を2つに分ける理由付けが難しい。年齢階層別1人当たり所得を見ても、5歳刻みで負担割合が異なってもおかしくないほどの所得格差があるとは思えないからだ。後者には、後期高齢者の負担を1割に据え置く代わりに、70歳〜74歳の負担を引き上げてバランスをとるという意味合いしか見出せない。

■いいとこ取りの保険料個人単位化

 前期高齢者のうち扶養家族からの保険料徴収は、扶養家族か否かにかかわらず、65歳以上の高齢者から個別に保険料を徴収している介護保険と同じ枠組みにする狙いがあるからだろう。保険料負担は「世帯単位」ではなく「個人単位」に切り替えた方が、負担と給付の関係は明確になる。3世代同居だけでなく、少子化に伴って2世代同居も減り、夫婦2人世帯や単身者世帯が増加している社会の変化を踏まえれば、方向性としては間違っていない。

 しかし、2004年の年金改革でサラリーマンの専業主婦からも個別に厚生年金保険料を徴収すべきかどうかをめぐる第3号被保険者問題が決着しなかったように、保険料の個人単位化については国民的な合意が形成されているとは言い難い状況だ。

 医療保険財政を視野に入れることは必要だが、説明のつかない高齢者間の負担格差を導入する一方、年金、介護といった制度間の不均衡を放置し、保険料の個人単位化といった都合のよい部分だけを“つまみ食い”しようとすれば、今回の試案もまた「財政偏重」の謗りを免れまい。早計かもしれないが、今回の改革もまた、与党や医療関係団体から総スカンを食って頓挫した2002年度改革と同じ運命をたどるような気がしてならない。
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