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「ハーバード・ビジネススクールで学んだヘルスケアビジネスの最前線」 楊 浩勇
(掲載日 2005.9.13)
 国民医療費の問題は国家財政と密接に関係している。財政が再建される見通しが立たないなかで、医療費に占める公的資金の増加を望むことは難しい。保険給付の範囲と額に対する縮小圧力は継続するため、医療機関はより質の高い医療サービスをより効率的に提供するためのマネージメントスキルが必用となる。

 また、一方で、縮小した保険給付によって、カバーされない国民のニーズを満たすために、新たに民間の医療保険や会員制の医療サービス、免疫療法などの医療周辺ビジネスが増加することが予測される。
 
 医療分野へのビジネスマインドとビジネススキルの導入は容易であっても、ヘルスケアビジネスの真の成功の定義とそのゴールを見極め、社会のなかで調和を持ってそれを達成することは容易ではない。米国型の市場原理を中心とした医療システムを理解し、失敗と成功の事例から学ぶことは多い。

■ハーバード・ビジネススクールのヘルツリンガー教授

 筆者はHarvard School of Public Healthに客員研究員として留学をしていた期間中に、Harvard Business School のレジナ・ヘルツリンガー教授に約半年にわたり師事する機会を得た。教授の講義「Innovating in Health Care」は同大学のMBAコースで最も人気のある講座のひとつに選ばれており、ヘルスケアビジネス――特にヘルスケアベンチャービジネスに進む者の登竜門となっている。

 講義は約5ヶ月にわたって、医療産業の概論、保険業界、病医院経営、バイオ製薬企業、医療機器、医療情報など、それぞれの分野の事例を、ハーバード流のケース・メソッド・スタディーと教授が開発した Six Forces Analysisの手法を用いて成功要因と失敗要因を分析し学んでいく。Six Forces Analysis とはヘルスケアビジネスのケースを「Structure」、「Financing」、「Consumer」、「Accountability」、「Technology」、「Public Policy」の6つの角度から分析する方法である。

 ヘルツリンガー教授は医療経営論や医療ベンチャー論の世界的な権威であり、ハーバード大学経営大学院の長い歴史のなかで、初めての女性の終身専任教授として知られている。最近の著書である「Market-Driven Health Care (和訳タイトル:医療サービス市場の勝者)」と「Consumer-Driven Health Care (和訳タイトル:消費者が動かす医療サービス市場)」は時事問題のジャンルにおいてベストセラーとなった。

 著書のタイトルから、教授は医療分野での市場開放論者と思われているが、実際には、現在の「米国型の市場原理に基づく医療」における問題点に対して鋭くメスを入れている「親医療派」である。医療の抱える問題は現場医師に起因するものではなく、医療システムにあると説いている。教授は、早い段階からHMO(Health Maintenance Organization) を代表する米国の管理型医療の衰退と、医療界への悪影響を予言し、患者本位に立った医療サービスを提供することを説いて来た。

■市場原理型の米国医療

 米国の医療は「市場原理に基づく」と表現されることが多いが、その言葉に対する期待と現実には大きな乖離が生じている。市場原理の本来持つ力が正しい方向に発揮され、期待されるような効果や結果が得られているとは限らない。医療において市場原理が正しく働くためには、その発展の工程をたえずウォッチする役割を果たすものの存在と、皮肉なことに市場の進化に伴って起こる問題に対して、法律や制度、規制、ガイドラインを絶えず追加と修正をして行かなければならない。

 特に1990年代以降の米国では、企業のM&A(買収と合併)と資金調達手法が発達したことや、情報化、消費者意識の変化、科学技術と医学の急速な発展によって、市場は急速かつ想像を超える変化を試行錯誤しながら続けている。

 医療界と他業種との提携や合併、他業種からの医療界への参入、人的な交流も増え、医療界外部からの経営思想や経営手法の導入や影響力も増加した。このような状況のなかで、医療関係者が医療観と倫理観などの原理原則を保持しながらも、現在の米国における社会的変化に対応して行くのは、たいへん困難なことである。

 病院経営を含めた医療関連企業における営利重視の体質は、不正や事故、犯罪をも誘発する危険性があることが今までの米国医療の歴史が教えてくれる。有名な事例は90年代に起きた全米第1の病院チェーンHCAの不正請求事件や、2002年に全米第2位のテネット・ヘルスケア・コーポレーションが起こした事件など、大手の病院チェーンで繰り返し発生している。

  テネット社は2002年度の総売り上げは139億ドル、経常利益は15%にも達し、その高収益性と成長力が株式市場からも高く評価されていた。しかし、2002年10月に診療報酬の不正請求が発覚し、さらに、同社が保有するレディング医療センター(カリフォルニア州)が必要もない心臓カテーテル検査や心臓外科手術が行って来たことが発覚した。

  その後もスキャンダルが噴出し、同社の株価は暴落することになった。同社の経営者及び現場の医師が過剰な営利追求に走った根本的な原因として、株式市場の投資家から高い評価を得続ければならないという圧力と、高い利益を出した経営者と職員に対するボーナスやストックオプションなどインセンティブの誘惑によるものだと考えられている。

 その後、米国では、医師の給与が直接その治療行為の数や診療報酬に直結しないように、公的な非理利病院を除く営利企業立の病院は、臨床医師を直接雇用してはならず、病院内で医師を束ねて管理する「Medical Group」を通じて報酬を支払うシステムに修正された。

■ケースを通じて学んだこと

 数十ものケーススタディーを振り返り、米国における医療関連の経営は失敗、学習、修正の連続であると感じた。各分野において、それぞれに成功要因と失敗要因があるが、共通している重要な基本条件がある。それは、患者本位に考えること、高い倫理性と企業を統治する仕組み、適正な範囲での利潤追求、そして社会との調和を求めるという原理原則である。これらの原則を堅持しながら、如何に激変する社会環境に対応して行くが大事なことであると教わった。
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