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「自助・共助・公助の落とし穴」 山内 昌彦
(掲載日 2005.9.27)
 8月16日昼前、筆者はNHK仙台放送局で正午のニュースの準備を進めていた。原稿が出揃いホッとした午前11時46分、下から突き上げるような衝撃を感じた後、建物全体が激しい横揺れに襲われた。「ついに宮城県沖地震が来た」。居室には震度を知らせる警告音が鳴り響いた。震度5弱、5強、6弱、瞬く間に上がっていく。新幹線や原子力発電所は緊急停止した。

 宮城県沖では30〜40年の周期で、マグニチュード7.5〜8.0クラスの巨大地震が繰り返し起きている。前回1978年の地震では、ブロック塀の下敷きになるなどして28人が死亡した。今回は昼食前の時間帯。火事が多発するおそれもある。「いったいどれだけの被害が出るのだろう」。電話は混み合い何度かけてもつながらない。被害に関する情報が集まらないことに苛立ちばかりがつのる。
 
■立ち上がらなかった対策本部

 その頃、仙台市内の新興住宅地に住む中丸浩士さん(仮名)は、地区の集会所に向かっていた。大きな地震が起きた場合、集会所に地区の災害対策本部を設けることがマニュアルで決まっていたからだ。この地区は、去年、自主防災組織を立ち上げた。災害時に行政機関の判断や支援を待っていては対応が遅れる。自分たちの身は自分たちで守ろうと自主防災組織を作ったのだ。巨大地震がいつ起きても不思議ではないと言われている宮城県。自主防災組織の組織率は全国的に見ても高く、全町内会の79%にのぼっている。

 中丸さんが集会所に着いたとき、辺りには誰もいなかった。鍵も閉まっている。町内会の幹部4人が鍵を持っているのだが、誰ひとりとして来ない。「けがをして救助を待っている人がいるのではないか」。中丸さんは独り暮らしのお年寄りの家を回り始めた。

 なぜ誰も集まらなかったのか――。その理由を探るため緊急の役員会が開かれた。役員の半数以上が、地震の発生当時、町内にいなかったことがわかった。自宅にいた人も「被害は大きくないのではないか」と考え、集会所に行かなかったと答えた。

■生かされなかった教訓

 南三陸の志津川町では、横川憲一さん(仮名)が地区のお年寄りの家を回って避難を呼びかけていた。地震の発生直後、宮城県の沿岸に津波注意報が発令されたからだ。海岸線の入り組むリアス式海岸では、湾の奥に行くほど津波が高さを増し、大きな被害をもたらすおそれがある。志津川町では45年前のチリ地震津波で41人が犠牲になり、海に面した横川さんの地区でも16人が亡くなった。

 この地区では、去年暮れのインド洋大津波の惨状を見て、津波対策を抜本的に見直した。指定された避難所まで逃げるのが難しいお年寄りのために、地区内にある複数のビルと契約を結び、夜間でも屋上に避難できるようにしたのだ。訓練も繰り返し、国内で最も津波対策の進んだ三陸沿岸でも先進地区と呼ばれていた。

  しかし今回の地震で、実際に避難した住民は1割に満たなかった。避難しなかった住民は「町が防災無線で『避難勧告』をしなかったから」と答えた。町は「注意報だったので『避難準備』の呼びかけにとどめた」と説明。津波はたとえ数十センチの高さであっても大きな破壊力を持つことを行政も住民も知っていたはずなのに、教訓は生かされなかった。

■「共助」は機能するか

 2つの事例は、自主防災組織の運営の難しさを物語っている。マニュアルを用意しただけでは、いざというとき人は動かない。仙台市の中丸さんは緊急会議に出席した役員たちを前にこう言った。「配役は決まっていたが、台本が出来ていなかった」。志津川町の横川さんも悩みを打ち明ける。「住民組織が避難を強制するのは難しく、その判断を任せる人もいない」。

  災害の被害を減らすためには、自分で身を守る「自助」と地域で助けあう「共助」、そして公的機関による「公助」の3つがきちんと機能することが大切だと言われる。自主防災組織はこのうち「共助」の中核を担うものだ。しかし、中丸さんの言葉を借りれば、マニュアルを作って訓練を行い、救助用の機材を用意するだけでは「配役を決めた」にすぎない。玄関で呼びかけても返事がない場合、ドアを壊して家の中に入ってもいいか。安否確認ひとつとっても、こうした具体的な取り決めをしておかない限り、自主防災組織は機能停止に陥る。

 8月16日の地震では、幸いにして、ひとりの死者も出なかった。政府の地震調査委員会は「想定されている宮城県沖地震ではない」という見解を示した。でも胸を撫で下ろしてはいられない。今回の地震で宮城県沖地震の震源域の一部が壊れたことが明らかになった。巨大地震の発生は目前に迫っている。大きな災いを前にしながら、マニュアルを作っただけで安心してしまう。自主防災組織の抱える危うさは、この国の底流にあるものと似ている。
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