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「小泉自民党圧勝と医療制度改革」 金野 充博
(掲載日 2005.10.4)
 9月11日の衆院選は、小泉自民党の歴史的圧勝に終わった。民主党は惨敗し、このところの国政選挙で定着した感があった「二大政党制」への流れは大きく変化した。今回の選挙がターニング・ポイントになるかどうかはわからないが、民主党は「足腰の弱さ」を露呈した。

 いささか古い話だが、この日の選挙報道番組を見ながら、旧社会党の委員長を歴任した成田知巳氏が書記長時代に同党の欠陥として指摘した「成田三原則」を思い出した。(1)日常活動の不足、(2)議員党的体質、(3)労組依存――がそれである。

 40年以上も前のことだが、これは濃淡の差こそあれ民主党にも当てはまる。小泉首相が無党派層の動員に成功したとはいえ、地力のある民主党議員は重複立候補していた比例区で復活当選したことを見れば、党全体として成田三原則を克服できなかったのは明らかだろう。
 
■診療報酬は引き下げの流れに

 選挙期間中は話題にも上らなかった医療制度改革をめぐる動きが、新聞紙上をにぎわせ始めた。焦点は来春の診療報酬改定と、医療費の総額抑制である。診療報酬改定では、2〜5%の引き下げを目指すといった1面トップ記事も出た。診療報酬改定では、病院と診療所の初診料・再診料の格差是正、具体的には病院の引き上げ、診療所の引き下げが取りざたされている。

 医療費の総額抑制をめぐって、政府が6月21日に閣議決定した「経済財政運営と構造改革に関する基本方針」(骨太の方針第5弾)では、経済財政諮問会議の民間議員が主張したマクロ指標と連動した伸び率管理制度の導入は与党や厚生労働省、日本医師会などの反対で見送られ、「医療費適正化の実質的な成果を目指す政策目標の設定」という“玉虫色”の表現に落ち着いた。しかし、小泉首相の発言力が強まりつつある中で、諮問会議や財務省が伸び率管理制度の導入に向けて勢いづくのは当然だろう。谷垣財務相は2006年度予算編成で、医療費抑制を目指す考えを繰り返し強調している。診療報酬引き下げはアドバルーン記事の段階でしかないが、こうした流れは変わりそうもない。

■厚生・共済年金統合は民主党の支持基盤に打撃

 首相は9月26日の衆参本会議における所信表明演説で、暗礁に乗り上げた与野党年金改革協議の打開に意欲を示したものの、医療制度改革については沈黙を守った。所信表明演説は、民主党が年金改革協議に後ろ向きの姿勢を強めると見れば、厚生年金と共済年金の統合という形で改革の主導権を握ろうとする、首相のしたたかな戦略をうかがわせた。

 首相は昨年、公的年金制度をすべて統合する形の一元化を志向していたはずだが、党内からの反発を踏まえて軌道修正し、選挙期間中は厚生年金と共済年金の統合を最初から目指していたかのような発言を繰り返した。厚生年金と共済年金の統合で、共済年金独自の「職域加算」を廃止できれば、民主党の支持基盤のひとつである地方公務員にとって大きな打撃になる。

■機会主義的な首相の行動パターン

 さらに首相は自民党役員会で、手厚い給付への批判が強い国会議員互助年金(議員年金)の廃止を検討するよう指示した。自民党内ではベテラン議員を中心に廃止反対論が根強いものの、「小泉チルドレン」と呼ばれる新人議員が多数当選したことを考えれば、反対派は抑えられると読んだのだろう。政治的には、この問題に熱心な公明党とのきずなを強化できるし、国会議員にも痛みを課すことは、厚生年金と共済年金統合への地ならしにもつながる。いわば一石二鳥。いま、首相の周辺には、打つ手、打つ手がことごとく決まるのではないか、という感じさえ漂っている。

 首相がこうした状況を作り出すために、機略縦横、深謀遠慮を積み重ねてきたとは思えないが、機を見るのに敏な「機会主義者」(オポチュニスト)であることは間違いなさそうだ。先の衆院選で郵政民営化関連法案に反対票を投じた議員を公認せず、「刺客」を送って徹底的に追い詰めた手法は、機会主義そのものと行動と言えるだろう。昨今、首相を織田信長やヒトラーになぞらえる向きも出始めた。時代背景も異なるため単純な比較はできないが、行動パターンには共通点が少なくないようだ。

■首相の仕掛けは厚労省試案公表後か
 
 医療制度改革で、小泉首相の仕掛けどころはどこか。最初の節目は、10月中と思われる厚生労働省の改革試案公表直後が想定される。厚労省試案が不十分だと見れば、首相は前回02年度改革と同様、「三方一両損」の論理を再び持ち出し、診療報酬の引き下げや医療費の総額抑制導入に向けたカードを切るのではないかだろうか。前回の改革で、首相が最後まで固執した被用者保険本人の窓口負担3割引き上げは現役世代の負担増だが、今回の改革では高齢者の負担増論議が焦点になる。

 負担増、すなわち痛みという点では、現役世代より高齢者の方が、はるかにインパクトが強い。それに見合った痛みとなれば、医療機関にそれを求めるにしくはない。医療機関側はこれまでと同様に、「医療の質が確保できなくなる」と反論するだろうが、例えば「診療報酬引き下げと医療の質はどう関係するのか」と問われたときに、一人ひとりの医師はどれだけわかりやすい反論ができるのだろうか。

■医療機関側からも情報発信・意見表明を

 また、首相が強調するであろう「医療保険制度の持続的安定」と医療機関側が主張する「医療の質の確保」のいずれかを選択しなければならないとき、多くの国民は前者を選ぶのではないだろうか。医療の質云々といっても制度が崩壊すれば元も子もなくなる、という論理の方が、単純でわかりやすいからだ。衆院選のスローガンだった「改革を止めるな」(自民党)と「日本を、あきらめない」(民主党)を比べても、前者は単刀直入で具体的、後者は抽象的で何を言いたいのかよくわからず、前者に軍配が上がった。

 今回の医療制度改革で、医療機関側が従来と同じような戦術をとるとすれば、民主党と同じ轍を踏む可能性が強い。財政立て直し一辺倒の不毛な改革論議に陥らないためにも、医療機関側からの情報発信や建設的意見の公表が待たれる。
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