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「ドン・キホーテの美学」 楊 浩勇
(掲載日 2005.11.22)
 1605年にスペインを代表する作家ミゲル・デ・セルバンテスが騎士道物語「ドン・キホーテ」の初版を発表してから400年が経った。この小説は世界中に翻訳され、聖書に次ぐベストセラーとして知られている。

  物語は、騎士道物語を読みすぎて自分を騎士と思い込んだ主人公ドン・キホーテが、悪を成敗しようと遍歴の旅に出るという話。舞台の中心となるのはスペイン内陸の広大な大地が広がるカスティーヤ-ラ・マンチャ。ドン・キホーテが巨人と間違え戦いを挑んだ風車や、従士サンチョ・パンサを引き連れ歩いた土地には、今も彼らが立ち寄ったとされる村々が点在している。

■「理想」に生きるドン・キホーテ

  小説「ドン・キホーテ」は正真正銘の騎士道はかくあるべきだ、という理想を逆説的に描き上げている。「憂い顔の騎士」であるドン・キホーテの姿に「理想」を追う姿を、従者サンチョ・パンサに「現実」を見、両者の繰り広げるドラマに人間の世界を読み取っていった。

 ドン・キホーテは狂人扱いを受け、笑いものにされ、さんざんな目に遭わされるのであるが、彼は常に心に“思い姫”を抱き、その理想の女性に対して、命まで投げ出すほどの勇気を誇っていた。彼が目指すのはあくまで理想であり、夢であり、冒険であった。決して現実を無視するのではなく、現実を征服することであった。現実をねじ伏せ、一途に理想へ邁進する勇気を示した。

 作者のミゲル・デ・セルバンテス自身がそうであった。トルコとの戦いを終えて帰国途中に海賊船に襲われ、北アフリカのアルジェに拉致され奴隷として売られる。脱走を繰り返し試み、地下牢に入れられることになった。5年後にようやく解放されたが、忠誠を尽くしたこの廃兵に対して故国スペインは何にも報わず、死ぬまで惨憺なる生活を過ごした。ドン・キホーテも、そして作者も最後まで理想への意志、正義への猛進、騎士道の精神に生きたのであった。

■騎士道精神

  騎士道は今でも欧米ジェントルマンの基本的な精神である。騎士道精神は、忠誠・武勇・敬虔・謙譲・弱者保護がある。中世の時代から、歩兵ではなく、騎士は馬を持ち、戦うための道具を揃えることが必要であり、それにはある程度の地位や財力、人望が必要であった。騎士という役割が世襲化へ向かい、支配階級の末端をなす貴族的な身分として定着してくると、戦士としてだけではなく新たに徳目が課されることになった。それは各地の宮廷で培われた礼儀、洗練、寛大といった精神的な諸傾向である。

 中世ヨーロッパの「騎士道精神」から生まれたと言われる「ノブレス・オブリージュ(Noblesse Oblige)」は、今でも欧米社会における基本的な道徳観として引き継がれている。それは、「高貴なる者は、勇気、仁愛、高潔という徳を積み、果たさなければならない社会的責任と義務がある」という考え方である。

■ドン・キホーテはいずこに

 歴史に名を残してきた偉人や英雄の自伝や伝説からは、彼らは「理想」を大事に生きていると教えられてきた。しかし、現実的には「理想」はつねに一敗地に転じる運命と背中合わせであり、いつの世にあっても「現実」は「理想」より強い。多くの歴史を作って来たのは現実に徹し、利害打算に長けた政治家や、王侯貴族、一部特権階級であり、商人であった。それを頭では理解しつつも、現実から理想に挑戦しようとするところに、騎士道の行動の美学が生まれ、それがロマンなのだと思う。

 現在のドン・キホーテたちは、未来を現実化させる使者である。エゴではなく、未来に対して責任を負い、真実を叫ぶことのできる人間はドン・キホーテである。現代の、そして、医療界のドン・キホーテはいずこに・・・・・。
<参考>
 ・「騎士道とジェントルマン」マーク・ジルアード、三省堂、1986年
 ・「中世の騎士文化」ヨアヒム・ブムケ、白水社、1995年
 ・「中世の秋(上)」ホイジンガ、堀越孝一訳、中央公論社、1976年
 ・未来創庵 一色宏氏
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