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コラム
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「医療制度改革議論の混乱を超えて」 土居 丈朗
(掲載日 2005.11.29)
 目下、12月に政府がまとめる予定の医療制度改革の最終案に向けて、様々な論点で議論が進んでいる。ただ、この改革論議を第三者的に見ていて、不必要な対立を引き起こして議論が収束しないような方向に動いている向きがあるように思える。そこで、本稿ではそのいくつかの論点について取り上げ、錯綜した議論の対立点を若干でも解消できればとの思いで、議論を整理したい。

■損得勘定を抑制しよう

  議論に当たって、保険を損得勘定で議論しても埒が明かないことを、もっとわきまえるべきである。保険というものの性質上、リスクに直面しなかった人は掛け捨てになるのは自明の理であるからだ。掛け捨ての人は、一見すると金銭的に損をしたようにみえる。しかし、事後的に見ればリスクに直面しなくてハッピーだったわけで、事前にはリスクに直面するか否かわからない不安がある中で、保険をかけて安心を買い、保険をかけなかったときに比べて(掛け捨ての分は損しても)リスクを受けて大損をすることを避けられたのだから、掛け捨て分ぐらいで目くじらを立てるわけではないはずだ。

 そう考えれば、程度問題は後で議論するとしても、医療保険も同様で、疾病率が相対的に低く、掛け捨てになる可能性が高い若年世代は、相対的に損をする可能性が高いのだが、そこは保険に入っているということを理解し、そのメリットを享受していることを納得しなければならないところである。若い人もいずれは老いる。そういう意味で、世代間の不公平を余り声高に言うべきではない。

 しかし、「世代間格差を問題視する」という主張の裏側には、所得再分配の度合に対する不満があって、若年世代の負担を軽減するような所得再分配の度合にせよという主張があるとみなければならない。さて、これにどのように対応すべきだろうか。残念ながら、この間には唯一絶対の答えはないのである。行き着く先は感情論での対立である。

 そこで私が考えるに、損得勘定を決して無視はしないが、それに固執しない形で議論をするべく、若年世代も高齢世代も皆が共通して望む目標を提示し、それに向けて協力(時として負担増に耐え、時として給付減に耐える)して改革してゆく方向性は、次のようなものが考えられよう。それは、「より少ない負担で、より高い給付の恩恵を目指す」方向性である。ここで強調したいことは、「より高い給付の恩恵」とは必ずしも金銭的な給付を意味していないことである。たとえ金銭的には安上がりだったとしても、患者や受給者がより高い満足度を得ることを念頭においている。

■対立を招いた原因

  議論の内容を中身のないものにしてしまった最大の原因の1つは、厚生労働省が医療費抑制の必要性を議論する際にベースとした医療給付費の伸び率予測であろう。厚労省の試算によれば、医療給付費は2003年度から2015年度にかけて向こう12年間で14.4兆円、さらにその後の2015年度から2025年度にかけての10年間で18兆円増えるという。(*1) しかし、これが実態とはかけ離れた摩訶不思議な予測であることが、お分かりいただけるはずである。

 試算の前提として厚労省は、「平成16年度予算を足下とし、1人当たり医療費の伸び(一般医療費2.1%、高齢者医療費3.2%:平成7〜11年度実績平均)を前提に、人口変動(人口高齢化及び人口増減)の影響を考慮して医療費を伸ばして推計」と説明している。ここでいう「平成7〜11年度実績平均」とは、介護保険制度が導入される2000年度より前の数値で伸び率を取ったということである。果たしてそれでよいだろうか。

 今後の医療費の伸びを考える際には、介護保険制度があることが前提であり、1999年度まで医療費として面倒を見ていた支出のうち2000年度以降介護保険給付として支出することとなったものは、今後にわたって介護保険給付として支出されることとなる。この試算で出された医療費の伸びには、2000年度以降介護保険給付として支出することとなったはずのものまでも含んで計算されており、その分は明らかに伸び率が過大に見込まれている。

 事実、厚生労働省「国民医療費」によると、2000年度から目下最新の統計である2003年度の実績で見ると、1人当たり医療費の伸びは、平均で65歳未満では年率0.67%、65歳以上では年率マイナス0.38%である。(*2)

 また、前掲の試算と整合性のある国立社会保障・人口問題研究所の「社会保障給付費」に基づいて、2000年度から2003年度の1人当たり医療給付費の伸びを見ると、老若合わせても平均で年率0.59%でしかない(この統計では年齢階級別には取れない)。この伸び率は、介護保険制度が施行されたことに伴い、従来国民医療費の対象となっていた費用のうち介護保険の費用に移行したものを含めないで計算したものである。

 これらを見れば、厚労省が試算の前提とした1人当たり医療費の伸び率の数値は、期間の設定に恣意性が顕著に見受けられるといわざるを得ない。このようなあやふやな予測をベースに議論したところに、混乱の大きな要因があろう。

 先般公表された厚労省の医療制度構造改革試案によれば、生活習慣病対策などにより、今後20年間で7兆円の医療費削減を目指すという。これも「より少ない負担で、より高い給付の恩恵を目指す」手法の一例であり、そのこと事態は間違いではない。しかし、議論のベースとなるはずの予測に説得力がなければ、絵に描いた餅と批判されても仕方がない。

 一方、経済財政諮問会議や財務省からは、伸び率管理というGDP連動型の管理手法が示された。経済財政諮問会議での民間議員提出資料によると、GDP伸び率に65歳以上人口の増加を加味した「高齢化修正GDPの伸び率」で医療給付費を抑制できれば、医療給付費をGDPの6%以内に抑制できるという。しかし、これも前述の根拠があやふやなデータを基にしているという面では、厚労省が作った幽霊に踊らされている状態である。

 そもそも医療費の伸びをマクロ指標に連動させることは、かなり乱暴なことである。とはいえ、それに代わる何らの対案・反論もないようでは、前述のような厚労省の試算のような伸び率に踊らされて、それだけ負担が増えて耐えられるのかという(実は試算の前提を知れば杞憂である)心配がでてきて、マクロ指標連動が一人歩きしかねない。そこで期待されるのは、医療現場からのボトムアップによるミクロ施策の積み上げである。

 ちなみに、厚労省の試算の前提に替えて、前述の2000年度から2003年度の実績を前提とすれば、別に伸び率管理などしなくとも達成できそうである。というのも、今後見込まれている高齢化修正GDPの伸びは、2005年度から2015年度までは平均して年率2.5%、その先の2015年度から2025年度までの10年間は年率1.8%である。

■納税者に納得できる説明を

 さらにこの伸び率を、1人当たりに直すと、2005年度から2015年度までは平均して年率2.6%、2015年度から2025年度までは年率2.1%である。(*3)直近の医療費の伸び率は、この伸び率より低い。GDPさえ目標通りにいけば、マクロ指標連動と目くじらを立てなくとも達成できそうである。ただし、今後も医療費が直近の伸び程度で推移すれば、であるが。

 説得力のない予測を基に乱暴な議論を進める前に、論拠となるデータをもう一度精査するべきではないだろうか。そのうえで、改めて、もう一段高いレベルの議論が求められることになるだろう。今のままでは、経済財政諮問会議も厚労省も財務省も医療関係者も国民に対して、十分な説明責任を果たしているとは言えない。

 社会保障改革は損得勘定を前面に出して議論すべきではないにしても、社会保障制度を通じて公的に所得再分配を行っている以上、その度合いについての議論は避けられない。誰がお金を払い、誰が受け取っているか、そしてそれがどの程度なのかは、きちんと納得できる程度に説明が必要だ。社会保障をtaxpayer’s moneyを使って公的に行なっている以上、(必ずしも医療に精通していない素人の)納税者は口を挟みたくなるものである。そして、改革策についての主張をきちんと説得しなければならない。

 経済状況が芳しくない時代のtaxpayer’s moneyは世知辛いもので、かつてのようにルーズに振舞ってくれる時代は終わったのである(科学研究費補助金という国の研究費を使わせて頂いている筆者もそれをひしひしと感じている)。その意味でも、医療費を含む社会保障費の内容について今後さらに説明責任を果たしてゆくことが求められよう。
(*1)  2003年度の医療給付費の実績は26.6兆円(出典:国立社会保障・人口問題研究所『社会保障給付費』)で、2015年度には41兆円、2025年度には59兆円になると推計されている(厚生労働省「社会保障の給付と負担の見通し−平成16年5月推計」)。ちなみに2005年度当初予算ベースでは27.5兆円である。
(*2)  ただし、老人保健制度において、2002年10月より5年間で段階的に対象年齢を70歳以上から75歳以上へ引き上げることとなっており、2001年度以前とそれ以降の額はそれぞれ対象となる年齢が異なっていることに留意する必要がある。
(*3)  これは、2007年をピークに総人口が減少すると見込まれていることが影響している。総人口が減少する下では、1人当たりの額は、総額の伸び率(=高齢化修正GDPの伸び率)よりも高い伸び率で増やせるというトリックがある。ただし、高齢者が相対的に多くなるほど若年世代の負担が重くなることには留意が必要である。
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