小泉純一郎首相がやろうとした政治の構造改革はどこまで進んだのだろうか―。自らの退任を明言している今年9月までの「小泉改革最終章」は、「ポスト小泉」の行方と自民党政治のこれからを占う“最終ステージ”となる。
■自民党はどう壊れたか
「自民党をぶっ壊す」という小泉首相の公約だけは守られた―。永田町の世界にとどまらず、政治に関心が深い人々の間には、郵政民営化をはじめとする政策課題の「骨抜き=形だけ」を指摘する声は多いが、小泉首相が旧来型自民党の打倒に成功したことを否定する見方は皆無だ。
首相が目指したのは、いわゆる「田中政治からの脱却」である。地元や関係業界への利益誘導と、その見返りに票や政治資金を求める。それが田中角栄元首相時代に定着した旧来型の自民党政治だった。
「数は力」を合言葉に派閥政治が幅を利かせ、自民党は派閥の合従連衡によって日本の首相をつくりだす派閥連合体に過ぎなかった。政策課題や政党としてのあり方(組織論)は置き去りにされ、政策決定においては関係省庁の省益を担った官僚と、官僚と関係業界をつなぐことを役割とした族議員が主導的役割を果たしていた。予算の細かい配分(箇所付け)を含めて、すべてが「政官業」の力関係による「調整」という名の下の綱引きで決定され、首相のリーダーシップが発揮される余地はほとんどなかった。
だが、それも小泉首相によって大きく変化した。自民大勝後に政調会長に就任した首相の後見役・中川秀直氏も政調の調査会・特別委員会改革に乗り出し、自民党の政策決定から族議員を完全排除しようとしている。今年最大の政策テーマになりそうな消費税率引き上げ問題で、谷垣禎一財務相が財務省の意向を踏まえた形で「2007年通常国会への関連法案提出の可能性」に言及しただけで、小泉首相や竹中平蔵総務相、中川氏らから「調子はずれだ」などと袋だたきにされる始末だ。
「増減税一体」というのは従来の財政理論からすると当たり前のことであり、「まともな政策論争もできないような状況になってしまった」と嘆く有識者も多い。
党中心の選挙というのも小泉改革の特徴のひとつ。衆院選大勝で興奮冷めやらぬ武部勤幹事長は、都道府県議選の公認まで党本部が行う意向を示した。だが、衆院選のように「刺客」を立てられなければ効果は薄く、結局は断念した。
とはいえ、自民党政治が大きく変質したのは事実。郵政民営化によって特定郵便局長会の政治的影響力は低下、日本医師会も医療の質にかかわる重大問題である診療報酬引き下げをなすすべもなく見ているだけだった。
「ポスト小泉」の行方を含めて、これからの政治はこうした前提に立ってみていく必要がある。
■小泉改革との距離
小泉首相の後継自民党総裁選びの基準となるのは「首相との距離」だ。小泉改革を評価する声が高ければ「近い」方が有利。小泉改革を「米国追従のただの弱者切り捨て」と批判する意見が多くなれば「遠い」候補を求める流れが強まる。
候補と位置付けられる中で、一番「遠い」のが福田康夫元官房長官だ。首相と同じ森派だが、日本人拉致事件の解決をめぐる日朝首脳会談への対応をめぐって大きな溝ができ、首相の靖国神社参拝問題をめぐって完全に意見対立するようになった。現在は「我関せず」を装っており、自ら名乗りを上げるようなことはしない性格とされる。だが、一方では「頼まれれば断れない」との見方もあり、夏ごろまでに小泉改革批判が高まるような事態になれば、山崎拓元副総裁や加藤紘一元幹事長ら党内の「反小泉」勢力や、津島派などに根強い「隠れ反小泉」勢力の支援を受ける形で出馬を決断するとみられる。
逆に、最も「近い」のが安倍晋三官房長官だ。首相、福田氏と同じ森派であり、会長である森喜朗元首相からは「温存」論が出ている。森氏の温存論は(1)来年の参院選で過半数を回復することは無理であり、衆院選の反動で敗退する可能性も高い(2)誰が首相(自民党総裁)であっても結果がそんなに変わらないのであれば、あえて「選挙に強い」ことにこだわる必要はない(3)安倍氏の若さからいって「次の次」で十分だ―という考え方だ。
これはこれで筋が通っており、党内にも「安倍さんは火中の栗を拾うようなことはしないのではないか」との観測も残っている。官房長官として小泉政権の幕引きまでを裏方として支えなければならない安倍氏が、小泉首相の「枠」を超えられないこともこうした見方に説得力を与えている。
麻生太郎外相や谷垣氏は両者の中間。麻生氏は「近い」方で、お叱りばかり受けている谷垣氏は「遠い」存在だ。ただ、どちらも中途半端で、ポスト小泉の最有力候補となるには決定打に欠けるきらいがある。麻生氏にとっては安倍氏との連携、谷垣氏は谷垣派と旧堀内派を中心とする「大宏池会」結成が浮上の鍵となりそうだ。
民主党の前原誠司代表が小泉首相に似たトップダウン型のリーダーシップ発揮に意欲を示していることに象徴されるように、政治の構造改革は野党を巻き込む形で後戻りできない状況まで進んでいる。あえて改革のペースダウンをはかるのか、それとも、このまま弱肉強食が前提の新自由主義社会に突入するのか―。政権争奪は「小さな政府」論争と一体になりながら、来年度予算が成立する今年4月以降、激化することになる。
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