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「狙われた病院」 山内 昌彦
(掲載日 2006.02.14)
 「病院ならまとまった金をとれると思った」。調べに対し、根本信安被告(54歳)はこう供述した。身代金を支払う能力があるかどうかわからない個人宅を狙うより、確実に金を持っている病院をターゲットに決めたのだという。

 事件は、今年1月6日の未明、仙台市宮城野区の「光ヶ丘スペルマン病院」で起きた。産婦人科のナースステーションを訪れた男が「院長を出せ」と看護師を脅した後、「火事だ」と叫んで母親の横で寝ていた生後11日の赤ちゃんを連れ去ったのだ。翌日、病院近くの新聞販売店に脅迫状が貼り付けられているのが見つかった。病院に身代金6,150万円を要求する内容だった。文面にはこう書かれていた。「院長には些細なことでも私には大きな貸しがあります」。

■病院とのトラブル装う

 事件発生から2日後、根本被告と妻のカルメンシタ被告(35歳)、根本被告の元娘婿の佐藤和美被告(32歳)の3人が逮捕され、身代金目的の誘拐などの罪で起訴された。

 これまでの調べで、根本被告が捜査をかく乱するために、病院とのトラブルを装ったことがわかってきた。「赤ちゃんをさらえば管理責任を問われ、取り引きに応じざるを得ないはず」。あまりにも身勝手な言葉ではあるが、そこには病院を外からしか見たことのない人間の本音がかいま見える。

 「病院は金を持っている」→「病院はトラブルが多い」→「トラブルを装えば金がとりやすい」。病院関係者が聞いたら背筋が寒くなるようなことを、実際に考え、実行した人間がいたという事実を深刻に受け止めなくてはいけない。多くの病院がどのような厳しい財務状況にあるか。理不尽な苦情や訴えとどう向き合っているのか。知らない強みが犯行を後押しした。今回は逮捕という結末に落ち着いたが、このご時世、第2、第3の根本被告が現れる可能性は否定できない。

■病院の安全管理とは

 根本被告が「光ヶ丘スペルマン病院」を狙った理由。それは下見をした病院の中で、最も警備が手薄と感じたからだ。職員通用口に警備員はおらず、鍵もかかっていなかった。今回の事件を受けて、宮城県や仙台市は、病院を立ち入り検査して安全対策を調べることを決めた。

 しかし、不特定多数の人が出入りする病院の安全対策は、お役所仕事の検査で一気に改善されるほど簡単なものではない。警備員や監視カメラの配備、個人の識別を可能にする新しいシステムの導入など、リスクを軽減するための対策はいくつかある。一方で、これまでの利便性は失われ、コストもかかる。またここでもいつもの議論が出てくる。安全にかかる費用は誰が負担するのか・・・・。

■赤ちゃん無事保護、しかし・・・

 捜査当局は、根本被告が新生児に狙いを定めて誘拐したと見ている。犯人の顔もわからず、証言もできないと考えての卑劣な犯行だった。ところが、周到に計画されたかに見えた犯行は次第に破綻していく。身代金の受け取りに使おうと思っていた便利屋には断られた。受け渡し場所を指示する電話ボックスからの電話は、ことごとく警察に逆探知されていた。

 事件発生からおよそ50時間後、病院に赤ちゃんを解放したという電話が入る。連絡を受けた捜査員たちは、国立病院機構仙台医療センターの敷地にある今は使われていない病棟に駆けつけた。台車の上に置かれていた赤ちゃんを発見、無事保護した。

 真冬の朝6時。氷点下3.1度の厳しい冷え込みだった。捜査員はすぐに仙台医療センターに電話して「赤ちゃんを診てほしい」と依頼した。電話口に出た事務員はこう答えた。。

 「この時間は小児科の担当者がいないので、別の病院を探したほうがいいですよ」。
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