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コラム
今週のテーマ
「IT支援と人間の認知能力」 河原 ノリエ
(掲載日 2006.04.11)
■パソコンで作文

 「あるひミズゴロウがこうえんであそんでいました。ミズゴロウのきらいな食べ物はピーマン野菜です。そのあと、ミズゴロウは、アチャモとブランコで遊びました。そしてそのあとキモリも公園に遊びにきました。そして3人でキャッチボールをしました。そのあと3人は家にかえりました。

 そしてあさ今日3人はゆうえんちにいくことにしました。そして3にんはメリーゴーランドにのりました。そのあとヨットにのってレストランにいってジュースをのんで山に行きグラードンにあいすなはまで遊びました。つぎはプールのみずの中にカイオーガがいました。そしてプールで遊びました。

 そしてそのあと外をでて空をみあげたらその上にはレックウザが空をとんでいました。そしてせなかにのり大空をかけまわりました。そしてその3人のでんせつのポケモンとともだちになりました。そして3人は遠い遠いはるか遠いオルドラン城にやってきた。その中にはいるとはどうポケモンルカリオ、マネネ、マニューラにであった。そして世界のはじまりの樹にいった。そこには」――。

 冒頭からいきなり、奇妙なものを持ち出した。これは昨年の夏休み、「てにをは」もうまくかけない小学校2年の息子にパソコン入力を教えたところ、突然、打ち出したものだ。みみずのような字を担任にいつも赤字で消され、作文なんて大嫌いのはずの子が、である。「樹」という文字も、息子は、ちゃんと「木」以外にも別の漢字が存在していることを実は知っていたのだ。パソコンの文字変換を使えば、手書きで書けなくても選ぶことはできる。

 超極小未熟児で生まれた息子は障害というほどではないが、小学校入学前は、いくら検査をしてでもIQが80を超えず、いわゆるボーダーラインにいる「ややこしい子」であった。入学後も、引き算をすると胸が苦しくなるというし、避難訓練の途中では家に帰ってくる。私は、その息子が作文なんかを書くようになるとは思ってはいなかった。

 ところが、である。キーボードを打っている彼は真剣そのもの。ゆっくり入力をして、確定キーを押す瞬間、彼の眼差しがキラっと光る。パソコンは継時的作業を、しっかりとサポートしてくれるものだ。

 彼は、ずっと、心にいろいろなものを抱えていたのだろうが、出力をすることに対しては、常に迷いがあった。パソコンを使えば、それまでの作業をしっかりと確定しながら画面に提示できる。つまり、パソコンは、提示される直前までの自分の思考の道筋をきっちりとサポートしてくれるのである。息子にとっては、確定キーを押す度に、その瞬間の思考に集中できるわけだ。

■リハビリを手助けするIT

 論理的または数学的思考のモジュールに基本的な問題があるとされている子供も、実はこうしたIT技術のサポートによって、自分の頭のなかの思考全体をオーガナイズすることができる。ということは、ITを使って思考プロセスのリハビリを手助けすることも可能かもしれない。

 私は、すぐに、息子のこの作文を、IBMの研究所や、文部科学省の担当官、そして、脳科学者たちに送った。ある高名な脳科学者は、「これは、右脳と左脳の連携の問題にもかかわるかもしれませんね。データをとっていくと実に面白い知見になるかもしれない」と語った。

 すぐさま、こうした研究を立ち上げているところを探したが、教育と医療のクロスしているこの部分は、日本的縦割り社会のなかで実に奇妙な構図のなかにあって、ほとんど手付かずなのだ。教育ソフトはいくつか出ているが、それは、どれも単純な反射神経レベルのもので、思考の作業過程を意識したサポートソフトではない。

 しかし、ITがもっと人間の認知の領域に関わることは可能なはず。ITをつかえば、支援性の上げ下げも、得られる知見データの蓄積も容易である。

 特別支援教育などといったものが大騒ぎされているが、関係者は、実態のコンテンツがなにもないことにあせっているのが現状だ。しかも、これは、子供の教育にとどまらず、ひろくQOL(生活の質)支援技術にまで落としこめる可能性も持ち得ている。

  というわけで、現実に動かなくては意味がないとおもっている私は今、東大の先端研の外来研究員となり、IT支援の可能性を探っている。さまざまな研究者の協力を得て、この5月から本格的なセミナーを開く予定で、準備を進めているところである。
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