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「『育児保険』は本当に『保険』なのか?」 土居 丈朗
(掲載日 2006.06.20)
 最近、少子化対策論議の中で、「育児保険」の提案が出されている。20歳以上の全国民から一定額の保険料を徴収し、これを子育て世帯に給付するというのが概要である。規制改革・民間開放推進会議や少子化社会対策推進専門委員会などで議論の俎上にのぼり、佐賀県知事も提言を発表した。

■公的保険として成立するか?

 「育児保険」は、本当に「保険」といえる代物なのだろうか。そして、強制加入の公的保険として成立するものなのだろうか。

 保険というのは、何らかのリスクに備えて保険料を払い、リスクに直面した人に対して保険金を支払う仕組みである。ここでいう「育児保険」という仕組みで言えば、子どもをもうけた人・世帯がリスクに直面したので保険金を受け取る、ということになる。

 確かに、子育てのために経済的負担を強いられるという意味の「リスク」だろうが、明らかにそのリスクに直面しようのない高齢者(生物学的に言えば、生殖能力がなくなった方々)を加入させることがどうしてできるだろうか。公的保険として政府が運営するからには、強制加入にしなければ意味がない。任意加入の保険でよいなら、民間でもできる。

 仮に、育児保険を法的に強制加入にするとしても、その法律の妥当性に疑義を生じさせかねないと思われる。こうした保険が導入されたら、高齢者が国を相手取って訴訟を起こして、保険制度の不当性を訴えることもありえよう。

 おまけに、この「保険」がなければ子供をもうけようと思わなかったが、保険があるおかげで子供をもうけようと思うようになった、などというまさに「モラル・ハザード」が大々的に生じると少子化を阻止できる、というあまり笑えないジョークのおまけがつく。そうなった場合、少子化が防げてめでたいかもしれないが、保険財政の破綻が懸念される。

 保険にまつわるリスクの見方として、高齢者が孫の面倒をみるリスクを考慮する必要があるとの見解もあろう。孫を産むのは自分の子供である祖父母から見ると、孫の育児負担がいつどのように生じるかは自分自身ではコントロールできない。だから、そうした「リスク」に対応した保険として、「育児保険」が必要という。つまり、子持ちになる本人ではなく、家族の中でそうした人が出るリスクに対する保険という解釈である。

■本来は「子育て支援目的税」では?

 確かに、これは介護保険でも同様の事象があって、要介護になる本人ではなく、家族の中でそうした人が出るリスクに対する保険ということで、第2号被保険者が保険料を払っている、と解釈できなくはない。それでも子のない高齢者には、その解釈も成り立たない。

 ただ、保険の原理に即せば、リスクに直面した人に保険金を支払うわけだから、巷間で言われている「育児保険」が、そうした高齢者(祖父母)に保険金を支払うという仕組みが提唱されていれば、上記の見解と仕組みが整合的であるといえるが、実際の提案はそうなっているだろうか。筆者がよく聞くのは、子育て世帯のみに保険金(というか育児手当)を支払うというもので、育児保険として高齢者に保険金を支払うという話はまだ聞いたことがない。

 もし育児保険で上記の意味で高齢者に保険金を支払う仕組みがあるなら、高齢者も強制加入にした「保険」といえようが、そうでなければ、前述のように、高齢者は子をもうけるリスクに直面しないのに保険料だけ払わされることになり、強制加入の公的保険として成立が困難なものになると考える。

 さりとて、少子化対策でこうした提案を一顧だにしないでよいと言いたいわけではない。この仕組みは、児童手当と整合性を図る前提で、むしろ「子育て支援目的税」という形で導入を提案する方が、論理的にも整合的で健全な議論ができると考える。

 「保険」といえば聞こえがよく、「税」というと聞こえが悪いというだけのことでは、不誠実であり、まやかしの議論で国民がだまされても何の利益もない。変なレトリックを使って「保険」などというまやかしは止めるべきである。「増税」を叫ぶ勇気の方が大切に思えるのだが。
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