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コラム
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「少子化対策へのグローバルな視点の必要性」 小林 肇
(掲載日 2006.07.25)
 先日、厚生労働省から平成17年度の日本の特殊出生率が1.25%に落ち込んでいることが報じられた。これを受けて少子化対策として妊婦検診の無料化などが議論されている。少子化対策や人口問題は、国の存亡にかかわる重要な問題であり、かつ、なかなか有効な政策を打ち出すことができない難しい問題でもある。日本の出生率は1970年代よりずっと低下の一途をたどっているのに対して、米国は現在、先進国の中でトップの2.05%であり、2%台を10年以上前より維持している。

 米国の出生率が高い理由として移民の出生率が多いことなどが挙げられているが、米国移民研究所の研究によれば移民を除いた米国人だけの出生率だけで米国の人口は維持され、移民者が生む年間230万人の子供の数が米国の人口増加数とほぼ一致する計算となっているという。(*1) つまり仮に移民の出生を加味しなくても米国人口を維持することができるということであり、先進国が軒並み悩んでいる少子化・人口の減少に対して対策ができているということである。米国の何がこういった状況を作り出しているのだろうか。

■アメリカの出産・育児事情

 米国で医療保険に加入していれば出産費用もカバーされる。マサチューセッツ州のように不妊治療が保険でカバーされる州もある。医療保険の年間掛け金は医療保険会社や種類により異なるが、年間の掛け金を支払いに加えて外来受診1度につき10ドル、処方箋1通につき15ドルといった定額の請求が来るタイプのものが多い。保険は雇用している会社が負担することがほとんどであるため、会社などに雇用され医療保険に加入している家庭にとっては出産にかかわる医療費はそれほど大きな財政負担にはならないと言える。

 出産後は夫婦ともに育児に参加する。夫は会社、妻は家で家事および育児という図式はなく、6時以降になると育児料金が上がる保育所に子供を引き取り行くために、5時きっかりに帰る夫を見かけることも多い。実際、子供がいるいないにかかわらず米国の会社は5時に終わり、夕方の帰宅ラッシュは4時から7時ぐらいに起きている。驚くべきことに、日本では家に帰ることができない代表的な診療科である産科や心臓外科の医師ですら、毎日ではないが、5時に仕事を終え子供の世話をしたり、趣味の習い事をすることが可能なのである。

 夫婦共働きでの子育てをサポートするための環境は充実している。保育所などの施設もニーズに合わせ公共のものから私立の高級なものまである。米国では子供が幼稚園や小学校に行くようになると6月から9月までという長い夏休みがあり、一見その期間の育児負担が増えるようにも見えるが、その間は学校以外にサマーキャンプのようなアクティブティを利用することで両親の負担が軽減するだけでなく、子供は課外の体験をすることができるようになっている。米国での子育てと日本との大きな違いを感じるところは、米国的個人主義が徹底されていることによる両親の時間的な余裕および、米国の広大な土地から来る空間的余裕である。

■日本の少子化対策

 先日報じられた少子化・男女共同参画担当特命担当大臣の少子化対策案は、出産までに必要な15回程度の妊婦検診にかかる自費負担の費用である8〜10万円を税金で賄う計画であり、年間1000億円以上の支出が必要となるものである。合計特殊出生率の計算(*2) からすれば、出産費用が家計に占める割合が高齢出産者に比べて大きい若年女性の負担を軽減することになるため、若い女性の出産の増加につながるかもしれない。もちろん産科に通院中の女性や現在出産を計画している女性には朗報となるであろう。

 しかし、日本の家族主義的な考え方からか女性の家事および育児負担を肩代わりするようなマーケットが育っていないため、託児所・育児所・ベビーシッターだけを見てもまだまだ数が足りていない。よって出産後の女性の負担は依然として大きく、女性は社会進出と育児を排他的に選択しなければならないという状況は改善されていない可能性がある。そして、この出産後の負担が少子化問題の一番の問題となっているのではないだろうか。

■少子化対策へのグローバルな視点の必要性

 諸外国の合計特殊出生率を見てみると人口増加傾向にある先進国は少ない。(*3) 一般に感じられる女性の社会進出と育児との兼ね合いに関する問題は、家族主義的考え方を持つヨーロッパ諸国にも同様に存在する。ヨーロッパ諸国の中でもフランスのように個人主義的考えを強くもつ国は、育児と女性の社会進出の両立が比較的容易なため出生率が高いといえるかもしれない。

 冒頭に挙げた米国の研究によれば、米国への合法・非合法の移民の出生率はその移民の出自の国の出生率を上回っている。移民の目的が米国市民になることとすれば、米国で出生した子供が米国の国籍を持つことで両親が米国市民権をとりやすくなるということが出生率の上昇を招くバイアスとなっているかもしれない。

 しかし、冒頭に述べたように米国の人口増加率は移民の出生する子供の数とほぼ一致することから考えると、国民にとって子供を生み育てやすい国であること、そして自分の国を捨ててまで移民したくなる魅力のある国であることの2つの条件を満たさなければ少子化および人口減の対策にならないということではないだろうか。

 グローバル化した世界では国が人を選ぶのではなく、住みやすい国を求めて人が移動する時代である。少子高齢化を真っ先に体験しているわが国もグローバルな視点からとることのできるすべてのオプションを検討したうえで少子化対策を練らなければ数十年後にしかわからないその結果を改善することは難しいだろう。
<注>

(*1)
 S A Camarota, Birth Rates Among Immigrants in America Comparing Fertility in the U.S. and Home Countries, Center for Immigration Studies, Oct 2005

(*2)
 合計特殊出生率とは15歳から49歳の女性が出生可能としてその年齢の女性の出生率と人口から計算した統計上の指標である。日本では年を重ねるごとに若年女性の出生率が下がるとともに、出生率のピークが高齢化している。(参考) 合計特殊出生率Wikipedia, 女子年齢別出生率の変化 国立社会保障・人口問題研究所、出生集および合計特殊出生率の年次推移 厚生労働省

(*3)
 合計特殊出生率, 国立社会保障・人口問題研究所
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