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コラム
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「『増税案は選挙に負けるから言わない』という日本民主主義の貧困」 土居 丈朗
(掲載日 2006.08.08)
 7月7日に、政府は「経済財政運営と構造改革に関する基本方針2006」を閣議決定した。いわゆる「骨太の方針2006」である。ここで、今後の財政健全化策、いわゆる「歳出・歳入一体改革」を盛り込んだ。

 その内容について若干コメントすると、社会保障関係については、2004年の年金改革、この6月に成立した医療制度改革関連法などの既定路線があり、内閣官房長官主宰の「社会保障の在り方に関する懇談会」で相当議論されたこともあってか、特段驚くような話はなかったといってよい。要は、これまでの政策努力を継続することを繰り返し述べた、ということである。

■「社会保障のための財源確保」は誠実

 むしろ強調されて然るべきことは、社会保障に係る安定財源確保が明確に示されたことである。これまでは、どちらかといえば、給付削減一辺倒で、削減を望ましくないとする側があたかも抵抗勢力扱いされるかのような様相だった。それに対して、社会保障に関しては、ある程度の削減(「骨太の方針2006」では、2011年度までに国と地方合わせて1.6兆円程度の削減)を抽象的に打ち出しはしたが、給付削減一辺倒でなく、高齢化等に伴う給付の増加に備えて安定財源の確保を唱えた。

 今回の「骨太の方針2006」は、財政健全化のためにいかに歳出削減を徹底するかを謳った文書だと巷間では見なされているようだが、歳出歳入一体改革と「歳入」も改革策として盛り込まれたわけだから、歳出削減だけの話をしたものではないと理解した方がよい。特に、社会保障給付のための安定財源確保とは、抽象的な言い回しだから露骨に言えば、社会保障給付のために(既に織り込まれている保険料の引き上げ以外に)しっかり増税しよう、といえる。

 もちろん、社会保障を種にして増税を画策し、社会保障を「悪玉」にしようとしているなどと勘ぐらない方がよい。虚心坦懐に、社会保障のためにはしっかりと財源を確保しなければ、社会保障の未来は危うい、というメッセージと受け止めるべきである。何せ、借金減らしのために増税を、といってどれだけの国民が納得するかを考え合わせれば、社会保障給付のための安定財源の確保は、よほど誠実である。

 実は、今回社会保障給付のための安定財源確保を打ち出すにあたって、布石がある。それは、財務大臣の諮問機関である財政制度等審議会がこの6月に出した「歳出・歳入一体改革に向けた基本的考え方について」である。この建議には、「社会保障に係る安定財源確保についての論点整理」という別添の文書がある。この建議は、マスコミの報道で、「消費税の社会保障目的税化」を打ち出したものとしてそれなりに有名になった。

 しかし、この建議の本文をお読み頂けばわかることは、「消費税の社会保障目的税化」の「し」の字もないのである。マスコミは、ものの行間を読むのが商売だから、こうした意訳はあり得ることだが、実際は明記していないのである。この文書で示していることは、社会保障の財源を中長期的な視点から安定的に確保する方策を列挙したまでで、消費税とは断定していない。さらに、「社会保障に係る安定財源確保についての論点整理」という文書は、建議本体ではなく、「別添」とされている。本体と分離しているあたり、意味深長なものを感じさせる。

 では、この文書に込められた意味深長なものは何か。財務大臣への建議手交後、西室財政制度等審議会会長は、記者会見で「安定財源とは消費税を指しているととられても致し方ないか」との記者の問に、「消費税という言葉を一切使わないで、それを書いているという我々の苦衷」があり、「いかなる税目で、どのようにということについてまで言及するわけにはいかない」と答えている。「消費税の社会保障目的税化」はやぶさかではないが、それだけではないという背景がある。もっと噛み砕いて言えば、消費税だけが財源ではなく、所得税の公的年金等控除の縮小や累進度の強化、相続税の増税もありうる、ということである。

■増税を争点にしない国民

 ついでにいえば、この建議では、社会保障給付の抑制についても言及している。しかし、厳しいことを言ったのは生活保護と雇用保険だけで、医療や介護については、これまでに述べたことを繰り返したまでで、新たな給付抑制策を提示したわけではない。そう考えれば、今後の展開は、財務省対厚生労働省の給付削減をめぐる激しい対立の構図は解け、社会保障給付のための安定財源確保に向けた協調へと移行する可能性がある(もちろん、予算要求官庁対予算査定官庁の対立の構図は残るとしても)。

 後は、社会保障給付のための安定財源確保の一手段としての増税が、政治的にどこまで支持を得られるかにかかってくる。今秋の自民党総裁選、来夏の参議院選挙と、これから選挙の季節となる。その中で、増税を口にすれば選挙に不利だとして、敢えて明言を避ける向きが既に出始めている。そうした政治家の態度を、不誠実だと責めるのは簡単だ。

 しかし、そうした政治家の態度は、それを許す(あるいは支持する)国民がいるからこそである。増税案を提示した結果、その案が洗練されたものでないために国民から支持を得られなかった、というなら話は別だが、増税案が不戦敗(選挙の争点に敢えてせずに採択しない)にする国民が多いでは、日本の民主主義の程度を疑う。増税への賛否はあれども、せめて増税を選挙の争点にできる国民でありたい。

 「増税案を出せば選挙で負けるから出さない」という態度の政治家を、黙認も含めて許す国民は、いつまでたっても増税は選挙と選挙の間にだまし討ち的に行われる政府しか持てない。果たしてそれでよいのだろうか。
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