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(掲載日 2006.08.15) |
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8月6日、代々木の東京国立オリンピック記念青少年総合センターにて、第2回日中知的交流会(日中サイエンスセミナー)を盛況のうちに終えることができた。
交流会は、今年で第15回を数える算数オリンピック(広中平祐会長)の決勝大会に全国から多くの小中学生が参加するのに併せて、毎年、中国からも算数オリンピックに自主参加する小中学生がやってくるので、日本の科学技術を日本の子どもたちと一緒に学んでもらおうと、昨年から始めたものだ。今回は、北京と深センから153名の小中学生の団体が来日した。
■「算数」で知的共有基盤をひらく
主催者となっているアジア・ハイテクノロジー・ネットワーク(AHTN)は、アジアにおける研究者や学生のためのプラットフォームとして構築された 独立の研究交流組織である。そこで、私はアジアにおける知的共有基盤の形成の調査研究をはじめ、中国各地の小中学校・学習塾などを回って調査をしてきた。中国はケ小平以降、政府が科学技術と教育を国家戦略として打ち出しており、その意向が、国民の隅々まで浸透している。教育にかけるその熱情は、日本の比ではない。
夏休みに日本までの渡航費を自己負担で出す家庭がこれだけあるということにも驚かされるが、彼らの多くは、土曜・日曜日は、算数オリンピック学校という塾に通い、「華羅庚金杯(からこうきんぱい)」と呼ばれる算数の大きな賞に入賞して、北京大学、精華大学など重点大学に進んでいこうという子どもたちだ。大学院は、日本ではなく、米国に行きたいと言う希望をもっている子も少なくない。理数系の勉強をすることで、その先に見ている世界感などが、日本の青少年とどのような希望格差を生んでいるかという問題も、アジアの未来を考えるうえで大きなテーマである。私は次世代の子どもたちの科学教育におけるアジアの共有基盤を細々とでも繋いでいかねばと、この活動を続けている。
「算数がひらく世界をみる―アジアの知的共有基盤をつくろう!」ということを今年のテーマに掲げたが、算数は実に簡単な理屈を積み重ねてできており、文化が違っていてでも共有できる優れたツールである。算数の世界が切り拓く地平の果てには、森羅万象すべての事象を数理化し、公式化し、法則を見つけるという科学の礎がある。数字化してPCに入力していくという意味でも、現代科学は測定や数理的法則性に依拠しており、全ての手法のハードであることは言うまでもない。
■アジアにおける共有価値観を
日本企業の多くが、「すばらしいことですが、中国の子どもたちにそういうことをすることのメリットが企業としては見えづらいので」とサポートを断られるなか、今年も、昨年に引き続き、日本IBMがスポンサーとなってくださった。「未来にとっていいことならやりましょう。うちの名前を出しても、出さなくてもいいですよ」と言われ、会場費や通訳代などの金銭面で支援してくださっただけでなく、同社の社会貢献チームが、中国語版の説明書つきで、「トライサイエンス」というIBMのサイエンスサイトに合わせた実験キットも、人数分そろえてくださった。
北京と深センからの子どもたちは、中国でも特にIT普及率の目覚しい地域の師弟であり、子どもたちは目を輝かせて参加してくれた。教師たちも「大きな企業が、こうして自分たちを歓迎してくれるのがとても嬉しい」と口々にいってくれた。今回は、IBMの北城会長はじめ、日本学術会議の黒川会長、そして、麻生外相も、本当にお忙しいなかをぬって、子どもたちへのメッセージを寄せてくださった。また、その中国語訳に、齟齬があってはならないとして、外務省中国課のかたがたからも、多大なご協力をいただいた。
1年を通じて、様々な形で、多くの日中交流が行われるが、いまだに中国の子どもたちとの交流と言うと「餃子とピンポン」という固定観念があるようだ。この固定観念に基づいた少しズレた日本の歓待ぶりに、中国の子どもたちが違和感をもつこともあるときく。中国の一人っ子が、「小皇帝」としてわがまま放題に育てられているかのような印象が一人歩きしているが、これも偏見で、実際接してみると、子供らしい、素直な子どもたちが多いことに驚かされる。
日本にやってくる中国人留学生の論文の出来があまりよくないと嘆く前に、中国の本当のトップ層の生徒の多くが米国留学を望む現状で、彼らのなかから、「日本の大学でも学んでみたい」、と希望をもてるような心配りをすることが、どれだけ両国の国益に寄与するか計り知れない。ビジネスはいっときで終わるが、ひとりの人間の学びの場で、ココロにストンと落ちたものは、その人間が死ぬまで、なんらかの分野で、押し広げていってくれる。相手の自尊心を大切にし、ひとつでも共有の価値観を育てあげる細やかな積み重ねの大切さを、いまいちど、考え直さねばならないはずだ。
外交とは思い通りにならない相手と自国の国益を追求していくものなのだろうが、大中華圏という市場を知的社会として共有しなければ、この国の未来はない。アジアのなかで、この国がどう生き延びていくか、共有の価値観をどうやったらアジアのなかで築いていけるのか−−。私たち親の世代が子どもたちのために考えなくてはならないときにきている。
・「算数がひらく世界をみる」(中国語版) >>
・「算数がひらく世界をみる」(日本語版)) >>
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