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「TOB(株式公開買い付け)に見る市場原理の矛盾」 長谷川 公敏
(掲載日 2006.08.22)
 このところ企業買収の話が連日のように報道されている。特に今回話題になっている製紙業界の件は、「日本での本格的な敵対的M&A(Merger & Acquisition:合併・買収)」として注目されている。

■市場が決める手段

 従来から、新興企業が株式公開時の増資で得た資金を基に他企業を買収し、短期間で事業を拡大するケースは良く見られたが、今回のような成熟した業界内で、大掛かりで敵対的な買収を仕掛けたケースは、これまで余り例がない。

 しかし、日本経済が長期間低迷する中では、業界としての成長の限界が見えてくると、企業としては業界内でシェアを拡大して売上を増やすと共に、価格決定権を握るしかないという思いが強くなる。特に業界内のシェアが高い企業ほど買収後の経営の主導権を握れることから、こうした戦略をとる傾向がある。

 ところで、最近は企業買収の手段としてTOB(Take Over Bid:株式公開買い付け)が使われる場合が多い。TOBとは買収する側の企業が、買収対象企業の株主に対して、株式の買取期間、価格、株数を明示し、買取に応募してもらう制度である。

 従来の日本的慣行では、経営者同士が話し合いで秘密裏に買収・合併を決めていたが、TOBは市場原理に基づいて市場が決めるオープンで公正な手段だ。しかも決定権を持っているのは経営者ではなく株主であり、最近の時流に乗っていることから、TOBは専門家や報道関係者には評価が高い買収・合併手段である。

 TOBに際し、買収する企業は「買収対象の企業を買収・合併することで合併後の業績が良くなる」ことをアピールして、買収対象企業の株主にTOBに応じるよう働きかけるのが一般的だ。買収対象企業の株主がこうした提案に賛成、評価し、保有株を買収する企業に売却すればTOBが成立する。

 この話は一見もっともらしいが、実は矛盾している。

 投資家は値上がりを期待して株を買い、値下がりの懸念があれば株を売却するのが普通だ。また、株価の変動は様々な要因で起きるが、基本になるのは当該企業の収益見通しだ。つまり投資家が株を売却する場合は、基本的には収益見通しが悪化する可能性が高い場合であり、収益見通しが向上する可能性が高い場合ではない。

■欧米では株式交換が大勢

 ここで読者は気がつかれたと思うが、買収対象企業の株主が、買収する側の企業の業績向上アピール(=株価上昇の可能性が高く、買収する側にとって安い買い物)に賛成するならば、決して持ち株は売らないはずだ。そして、その結果TOBは成立しない。換言すれば、TOBが成立するためには、株主(=市場)が「TOB後の合併はうまく行かない(=株価下落の可能性が高く、買収する側にとって高い買い物なので、今のうちに売りたい)」と判断しなければならないわけだ。

 また、買収を意図する企業からすると、TOBの正当性を主張すればするほど、主張が正しければ正しいほど、かえってTOB成立の可能性は遠ざかるという皮肉な結果になる。

 通常市場は、将来成功する可能性が高い方を選ぶはずで、それが市場原理なのだが、TOBが成立する場合は、成功する可能性が低いと判断した方を選ぶことになる。これがTOBの矛盾だ。このように、株式市場や投資にかかわる専門家の話や報道は、よく吟味する必要がある。

 なお詳細は省くが、こうした矛盾は、買収される企業の株と買収する企業の株を交換することで解決される。買収される側の企業の株主が、買収・合併後に新会社の業績向上を享受できるからだ。欧米で合併の手段として株式交換が大勢なのは、TOBの矛盾が意識されているからではないか。
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