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「医師法21条の違憲性」 平岡 敦
(掲載日 2006.09.19)
 刑法199条は「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する」と規定している。これを読んで、何をしたら殺人罪に当たるのか分からないと不安に思う人は少ないだろう。それでは、医師法21条はどうか。医師法21条は「医師は死体又は妊娠4月以上の死産児を検案して異状があると認めたときは、24時間以内に所轄警察署に届け出なければならない」と定めている。何の前提知識もなくこの規定を読んで、多くの医師は、どういう場合に届出をしなければならないのか戸惑うのではないだろうか。このコラムでは、この医師法21条の分かりにくさをテーマにしてみたい。

■罪刑法定主義−自己の行為が処罰されるのかどうか予測できること

 犯罪と刑罰は、あらかじめ法律によって明確に規定されていなければならない、というのが、罪刑法定主義である。つまり、「自己の行為が処罰されるのかどうか予測できるようにする」という理由から、自由主義国家では例外なく採用されている原則であり、我が国でも憲法31条で保障されている。

 一方、医師法21条は、検案して異状があると認めたときに届出をしなければならないというのであるが、これが果たして、誰にでも明確で、自己の行為が処罰されるのかどうかについて予測が可能な規定と言えるであろうか?

 確かに刑罰法規には一定の曖昧さはつきものである。例えば、最初に挙げた殺人罪にしても、いかなる場合に「人が死んだ」というべきかが争点になることは、皆様もよくご存じだろう。長年、死亡を示す基準は「呼吸の不可逆的停止」「心臓の不可逆的停止」「瞳孔拡散」の三兆候とされてきたが、臓器移植法導入時には、脳死が人の死に当たるのかどうかについての議論が真剣に戦わされた経緯がある。

 このように死の概念に関する法律のあり方は、曖昧さがあり、罪刑法定主義に反しているようにも見えるが、実はそうではない。罪刑法定主義の原則に基づけば、犯罪と刑罰を「明確に」に規定しなければならない。そして、明確であるか否かの判断基準は、通常の判断能力を有する者(医師)が、いかなる場合に処罰されるのかを認識し、判断できるかという点に置かれ、認識・判断できるかどうかは、立法目的を勘案して判断すべきとされる。

 これを死の概念に関する法律に当てはめると、臓器機能障害者を救済するという、臓器移植法の立法目的のために、刑法上の死者の概念を脳死者にまで広げ、脳死者に三兆候を生ぜしめても殺人罪に該当しないようにするということは、通常の判断能力を有する医師には理解できることである。その意味において、明確性は失われていないのである。

■「予測可能性」に欠ける医師法21条

 これに対し、医師法21条は、そもそも、その立法目的が何なのかが充分に考察されておらず、コンセンサスも得られていない。院長が医師法21条違反の罪を問われた都立広尾病院事件では、最高裁は医師法21条の立法目的として「警察官が犯罪捜査の端緒を得ること」「警察官が緊急に被害の拡大防止措置を講ずるなどして社会防衛を図ること」などという立法目的を設定してみせた。しかし、その立法目的が、立法経緯まで遡り、充分な検討をした上で設定されたものなのか明確でない。医学界・法学界において、充分な議論がなされ、コンセンサスが醸成された結果であるとも言い難い。

 このように立法目的でさえ明らかでない法律である上に、「異状がある」などという曖昧模糊とした構成要件では、検案を行う医師に対して届出を行うべきか否か充分な予測可能性を与えることはできない。つまり、医師法21条は、明らかに罪刑法定主義に違反していると言えないだろうか。

 また、仮に「犯罪捜査の端緒発見」という立法目的から、「‘異状’=業務上過失致死などの犯罪に該当する行為によって死が生じた場合」と解釈できるとしても、24時間という短時間に法律の専門家でない医師が犯罪該当性を判断し、届出を行うのは困難である。「通常の判断能力を有する医師」であっても、自己の行為が処罰されるのかどうかの「予測可能性(予測できること)」があるとは言えないのではないか。

■ガイドラインによる混乱

 これに対して、日本法医学会や日本外科学会のガイドラインや、厚生労働省のリスクマネージメントスタンダードマニュアルの指針等を基に、ある程度の予測可能性は確保されるのでは、という意見もあるだろう。

 しかし、日本法医学会のガイドラインは、医師法21条の立法目的を充分に考察していない。法医学の目的である死因の究明を立法目的として設定し、慎重になされなければならない拡張解釈を安易に行って「異状」を過度に広く解釈している。

 日本外科学会のガイドラインも、届出主体を「検案医師」ではなく「診療医師」としたり、届出対象を「死亡又は重大な障害」に拡大しているため,医師法21条の解釈から離れてしまっており、予測可能性を補強するものでもない。かえって、医師法21条を巡る議論を混乱させる結果を招いている。同じことは厚生労働省のリスクマネージメントスタンダードマニュアルにも言えることである。

■医師法21条違憲判決を目指して

 このように、医師は何をすれば処罰されないか予測できない法律の下で、日々検案をしなければならない。誠にお気の毒としかいいようがないのが現状である。

 こうなってくると「臭いものは取りあえず全部届出をしておけ」という運用をすることが考えられる。そうすることで警察の処理能力がパンクし、意外と法改正の端緒になったりするのではないか、などという不謹慎な想像もしてみたりするのだが、やはり、法律家の端くれとしては堂々と法廷で医師法21条の違憲性を争い、違憲判決を勝ち得て、法律改正を実現しなければと考えている。
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