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「へき地医療−どこに誰が行くべきか−」 土居 丈朗
(掲載日 2006.10.03)
 近年、過疎部地域の医師不足がさらに深刻化しているという。過疎部地域の住民はますます高齢化して、医療サービスの需要は増大しているが、その地域の人口減少も相まって、医師(ないしはこれから医師になろうとする者)にとって必ずしも魅力的な現場ではなくなっているといえる。

 へき地医療を担う医師を養成する目的で設立された自治医大の卒業生は、学費免除の代わりに卒業後は出身地のへき地や離島で勤務する「義務年限」(通常9年)が課されるが、終了後に出身地にとどまる定着率は、全国平均は70.9%、都道府県によって最高90%、最低50%となっていることが、厚生労働省が初めて行なった実態調査で明らかになった。この調査の一般的な解釈は、へき地の無医地区解消などを目的として輩出した同大卒業生が、必ずしも地元に定着していない、ということである。ただ、その解釈はそれほど単純ではないように思われる。

 本稿では、へき地医療について、虚心坦懐に問題提起をしてみたい。

■職場を選ぶ権利

 そもそも、医師には職場を選ぶ権利がある。それは、我が国が、社会主義、共産主義でなく、資本主義経済であるから当然である。それとともに、人々には、居住地を自由に選ぶ権利がある。へき地医療の問題の本質は、その両者のミスマッチであると考える。そのミスマッチをどのように解消するのが、人々にとって望ましいといえるかが重要である。

 確かに、自治医大が設立された1972年当時、日本の経済社会構造は、過疎部の地域は存在するが、総人口は右肩上がりに増加するというものだった。そうした時代には、続々と輩出する若い医師を、人口分布に応じて配属することによって、へき地医療の問題を解消することができた。

 しかし、21世紀の今日、もはやそうした前提は根本的に覆された。少子化により若い世代の人的資源には限りがあるのだ。確かに、大学医学部の定員は減っていないとしても、18歳人口は年々減少しており、医学部だけでなく、理工系学部、文系学部とも、優秀な人材の奪い合いは以前に増して激しくなっている。18歳の若人を皆医学部に入れればよいというものではないわけだから、人材の供給には自ずと限界がある。

 それでいて、過疎部の地域は、1970年代よりもさらに人口減少、高齢化が進んでいるところが大半である。地域医療を「市場」と捉えるのに抵抗がある方もおられようが、医療サービスを需要と供給の側面からみれば、過疎部の地域の医療サービスの需要は、以前よりもさらに高齢者医療に偏るとともに先細る状況にある。しかも、これと好対照に、都市部の地域では、高齢化が進んでいるといえども、現時点ではまだ深刻ではなく、それなりに若い世代も住んでおり、医療サービスの需要は多様で層が厚い。

 こうした状況を見れば、医療サービスの供給者としての医師(特に勤務医)にとって魅力的な「市場」は、過疎部よりも都市部ということになろう。それは、以前でもそうだが今日ますます加速しているように思われる。

 では、過疎部の住民を見捨ててよいのかというとそうではない。ただ、ますます人口が減少する地域において、どれほどまで地域医療を支え続けられるかは、そろそろ方針転換を真剣に考えなければならないだろう。つまり、地域の人口は減少しているのに、従来どおり、新たに医師を(相対的に安い給料で)雇いながら維持してゆくというのでは、早晩持続不可能になろう。極端な仮想例でいえば、今までは数千人いた自治体あるいは村落で、今後人口が10人になっても、公立病院を維持し医師を置き続けるのだろうか。しかし、我が国の人的資源は、残念ながら少子化によって、そこまで潤沢に供給はできないのである。

■住民に移住のインセンティブを

 そうなれば、医師がへき地に赴くのではなく、住民が医師のいる所に移り住むということを、真剣に考えなければならないのではなかろうか。そうしたことは、自治体の首長、地元住民、そして医師も、誰もが自ら進んで言いたいことではないだろう。しかし、客観的な状況判断をすれば、医療サービスの供給に限りがある以上、医療サービスの需要を調整して、需給のミスマッチを解消する以外に、有効な手段は用意には見つからない。

 ちなみに、過疎部に比べて都市部が恵まれているからといって、都市部の優遇はけしからんと憤ったり、もっと過疎部に優遇策を与えよと言ってみても、問題の本質は解決できないだろう。今の過疎部をどれほど優遇しても、日本の総人口が減少する世の中において、都市部でさえ人口減少が予想されるのだから、過疎部で人口が増加することはほぼ絶望的である。過疎部に優遇策を講じても、残念ながら焼け石に水なので、それよりかは日本全体がよくなるところ(特に都市部)にその優遇策を講じた方が、まだ過疎部のためになる。

 とはいえ、人々には居住地の選択の自由がある。だから、過疎部の住民に強制的に「集住」させることもこれまた困難ではあろう。しかし、誘導する政策としては、医師をへき地に赴くインセンティブを与える政策から、住民が医師のいる所に移住するインセンティブを与える政策へと転換させることが、そろそろ必要なのではないかと思われる。読者諸氏は、これをいかにお考えであろうか。
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