|
(掲載日 2006.10.17) |
|
10月9日、成功裏に日中首脳会談を終え、政府専用機で次の訪問国である韓国・ソウルに向かっていた安倍晋三首相にもたらされたのは、北朝鮮が核実験実施を発表したという連絡だった。「美しい国」をスローガンに60−70%という高い内閣支持率でスタートした安倍政権だが、その前途には多くの課題が待ち受けている。
■中韓歴訪でもあいまい戦術
8、9両日の中韓歴訪で、靖国神社参拝問題は大きな問題にならなかった。韓国の盧武鉉大統領は靖国参拝問題と歴史教科書問題、従軍慰安婦問題の3つを「大きな課題」と位置付け、安倍氏の認識をただしたが、中国の胡錦濤主席らは小泉純一郎前首相の靖国参拝を批判し、「政治的障害を除去してほしい」と控えめに牽制するにとどめた。
歴訪直前に北朝鮮の核実験問題が急浮上し、一連の首脳会談の焦点となったことが幸いしたといえる。韓国内での支持率が低下の一途をたどり、すでにレイムダック(死に体)となっている盧氏が40分間に及ぶ歴史認識追及で政権浮揚をはかろうとしたのはやむを得ない。だが、小泉氏から安倍氏への政権交代を絶好の機会ととらえ、日本との関係改善を急いだ中国首脳部は、安倍氏が首脳会談で提唱した「戦略的互恵関係」を先取りする格好で安倍氏を迎えた。「政冷」が「経熱」にこれ以上影響を及ぼすことを懸念した結果のようだ。日本からの直接・間接投資がなければ現在の経済成長を維持できなくなるという中国の国益に基づく判断とみられる。
安倍氏は靖国参拝について胡氏らに「祖国や家族のために命を捧げた方に哀悼の誠を捧げ、恒久平和を祈るためだ。軍国主義でもA級戦犯を賛美するためでもない」と説明したうえで、今後も参拝・不参拝を公表しない「あいまい戦術」を取り続ける考えを表明した。参拝・不参拝を明確にしなければ、中国の顔をつぶさずに済むという判断だ。内政干渉まがいの中国の参拝中止要求に「心の問題だ」と強く反発し、ことさら靖国参拝をショーアップしてみせた小泉氏と異なる対応に、中国側も一応の理解を示した。
安倍氏が訪中直前の国会答弁で、自らの信念をまげる形で、「村山談話」やいわゆる従軍慰安婦に関する「河野談話」を踏襲する考えを表明したことも、胡主席らの理解につながった。「アジア外交は安倍政権になっても破綻したままだ」という批判を回避するとともに、南シナ海のガス田開発をはじめとする国益確保に向けた話し合いを促進する政治状況をつくらなければならないという使命感に基づいた政治行動だ。その意味で安倍氏は小泉氏とはひと味違う「冷徹な政治家」のようだ。
■「美しい国」への長い道のり
すでに開幕している臨時国会では、インド洋での米軍艦船などへの給油活動を継続するためのテロ対策特別措置法の改正と、教育基本法改正が課題だ。北朝鮮の核実験、国連での制裁決議を受けた今後の北朝鮮への対応も焦点となる。
臨時国会と並行して来年度予算編成の作業が続く。安倍氏は経済運営では「成長なくして財政再建なし」を合言葉に、小泉政権下で閣議決定された「骨太の方針2006」に基づいて取り組む方針だ。消費税率引き上げ論議を参院選後の来年秋以降に封印し、国債発行30兆円枠も継承する考えを表明している。13日に安倍政権になって初めて開催された経済財政諮問会議は、経済成長重視路線を確認するとともに、「グローバル化の観点からの税制の構築」という表現で、国際競争力を高めるために法人税の実効税率を引き下げる方向性を打ち出した。
だが、小泉改革の負の遺産とされる格差をどうやって是正していくかについては明確になっていない。景気回復を実感できずにいる地方への対応や「再チャレンジ」支援は、実効性のある具体策を見出せないままだ。
10月22日投開票の衆院統一補選(神奈川16区と大阪9区)は「2勝とらないと(安倍氏の)求心力にいろいろ問題が出てくるだろう」(片山虎之助参院自民党幹事長)と高いハードルを設定されている。大阪9区の候補者選考にあたって官房長官だった安倍氏が公募にこだわったために選挙態勢構築が遅れたという思いや、安倍氏が総裁選期間中に参院選候補のさしかえに言及したことへの参院側からの意趣返しという側面もありそうだ。とはいえ、来年夏に参院選を控えて「選挙の顔」であることを期待される安倍氏にとって負けられない補選といえそうだ。
最大の懸念は今後の北朝鮮情勢だ。経済制裁を「宣戦布告」と厳しく批判している北朝鮮がミサイルを日本に向けて発射する事態になった場合、米軍と自衛隊の総力をあげても完全に迎撃はできない。ミサイルに核弾頭が搭載されていれば被害は甚大なものになる。
今回の北朝鮮危機をどうやって乗り切るのか。来年度予算成立後の統一地方選、参院選をどう戦うか。財政再建の道筋をきちんとつけられるか。野党をどうやって巻き込んで憲法改正論議を加速させるか。安倍氏の目指す「美しい国」に至るまでには多くの関門が待ち受けているといえそうだ。
|
|
|
|