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「少子化は年金財政に影響するか」 杉林 痒
(掲載日 2006.11.07)
 少子化は年金財政に影響するか――。

 条件反射的に「イエス」というのが最近の報道だが、合計特殊出生率が最低を「更新」するたびに年金と結びつけて騒ぎ立てることには意味を感じない。

 2005年の合計特殊出生率は1.25で、前年よりも0.04ポイント下がった。これは、出生率が計算の分母としている15歳から49歳の女性の人口・構成が変わらないとすると、前年よりも生まれた子供が3.1%少ないことを意味する。

 そして、04年の年金改革で05年の出生率と見込んでいたのが、1.31なので、想定よりも生まれた子供の数が4.6%少なかったことになる。これが年金財政に与える影響は、20年後に20歳になる人口が想定よりも4.6%少ないという形で現れる。

 年金財政の見込みは、いまいる人と、今後の見込みを前提に作られるので、05年に生まれた子供が年金を負担し始める20歳になるまでは人口の影響がない。年金は基本的に20歳から60歳の人が負担する仕組みなので、20年後の20歳の人口が4.6%少ないことが全体に与える影響は、人口構成が均一だと、さらに40分の1になる。すなわち、集まる保険料に与える影響は、この時点まではほとんどない。実際には少子化しているので、影響はもっと少ない。

 これが10年続いたとしても、30年後に年金保険料を負担する世代の4分の1の年齢層で人口が4.6%少ない状態でしかない。30年後にも全体で見たら1%程度の不足でしかないということだ。

 ここで留意しなければならないのは、出生率の前提が、20年以上かけて少しずつ上がっていき、1.39になると想定していることだ。1.25はそれより10%少ない。しかし、想定より人口が10%少ない状態が30年続いても、全体への影響は大きくて2.5%にとどまる。

 ここまで書くと、読んでいてイライラする人もいるだろう。では何が問題なのか、と。

 年金財政の見通しには、たくさんの前提がある。わかりやすいのは、賃金の上昇率だ。04年の年金改革では、それが年2.1%になっている。一方、景気拡大が02年1月から続き、06年11月には戦後最長だったいざなぎ景気を超えるとも言われているのに、賃金が上がっているという実感を持つ人はどのくらいいるだろう。現に、国税庁の民間給与実態統計調査によると、05年の平均給与は前年より0.5%下がり、7年連続で減少した。

 年金保険料は原則として、月給とボーナスに保険料率をかけて計算される。ということは、平均賃金が上がれば集まる保険料は増えるし、下がれば減ってしまう。

 実際には、厚生年金の加入者の平均賃金に近い「標準報酬月額」の平均も、00年度以降、下がり続けてきた。00年改革で、厚労省は賃金の上昇率を2.5%と置いた。それが横ばいだとしても、想定した保険料は毎年2%以上、少ないものしか集まらない。

 財政見込みと現実との差は04年度まで検証されているが、その時点で、実際に集まっている保険料は見込みより24.3%も少ない20.2兆円でしかない。00年改革での見通しでは04年度に集まる保険料の見込みは26.7兆円だった。

 厚労省は、見込みと実績の差について(1)賃金上昇率が見込みより12%程度低下した(2)被保険者数は見通しより8%程度少なかった――と分析している。賃金が上がらなかっただけでなく、厚生年金加入者が思ったように集まっていないのだ。

 出生率が30年間10%低い状態が続いた影響の10倍もの影響が、わずか5年で出ていることになる。賃金は上がらないことが続くと、毎年の「複利」で影響が重なっていく。一方、人間はネズミではないので、出生率の影響は短くて20年程度のサイクルで影響することになる。

 さらに、いまは、このサイクルが長くなっている過程にあるといえる。晩婚化、晩産化で、1人の女性が一生に産む子供の数を1年単位で数値化しようという「合計特殊出生率」の信頼性が薄くなっているためだ。

 改めて、合計特殊出生率とは15歳から49歳の女性の出生率の合計である。15〜19歳は0.0254、20〜24歳は0.1788、25〜29歳は0.4182、30〜34歳は0.4272という具合に計算されており、これらを足し上げたものが1.25である。

 はっきりしているのは、かつて、出産率のピークだった25〜29歳(75年は0.9331)の出生率が0.4182にまで落ち込み、ピークは30〜35歳(0.4272)に移っていることだ。そして、40〜45歳、45〜49歳の出生率は04年と比べても増えている。詳しくは厚生労働省HPへ >>

 この晩産化傾向が行き着けば出生率は反転する可能性がある。もちろん、弱い反転しか期待できないが、今よりは増えることが期待できる。

 いずれにしても、年金財政においては、少子化は賃金や年金加入者など、ほかの要素に比べて影響が小さい。それなのに、少子化ばかりが問題視され、ほかの要素はかすんでいる面がある。

 これが、厚労省の意図的な情報操作でないことを期待したい。なぜならば、年金は、毎度のように賃金上昇率を高く見積もるなど将来の保険料収入を高く見込んで問題を先送りしてきたためだ。そうでなければ5年ごとに年金制度を見直して、給付を切り下げる必要はない。少子化は、もっと息の長い取り組みが必要な問題なのだ。
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