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コラム
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「医師のDNAと職業倫理」 片桐 由喜
(掲載日 2006.11.21)
 腎臓売買に続いて、今度は病気腎移植問題がマスコミで連日、取り上げられている。前者の場合、レシピエントと売買の仲介者が臓器移植法違反で逮捕された。しかし、移植執刀医は現在のところ、法令違反には問われていない。また病気腎移植については、それを規制する法律がないため、法的対応は取られていない。立法者には病気腎移植行為が想定外の事態であったため、法的整備が図られていないということであろう。

 ところで、医師や弁護士、あるいは私たち研究者のような専門職は、専門職として働くに際し、二つの規範によって行動が制約される。ひとつは、法律である。これは専門職であるか否かに関わらず、どの職種に従事する者に対しても法律を遵守してその職務を全うすることが要求される。

 近年は、とりわけこの法令遵守が厳しく求められる。いわゆるコンプライアンスと呼ばれるものである。民間企業はすでにリスクマネジメントの一環として、コンプライアンスに熱心に取り組んでいる。

 医療分野における典型的な法令違反は、不正診療報酬請求であろう。これに対する制裁は、ひとつには減点査定処分がある。この制裁は、社会保険診療の大枠の中での内部浄化機能としての側面を有する。そして、支払基金等による審査をかいくぐって、不正に診療報酬を受領した場合には詐欺罪として立件される。

 もう一つの重要な規範が職業倫理である。「企業倫理」「医の倫理」と称されるものである。これは法令のように、してはいけない行為、犯した場合の制裁について明文化されていることは少ない。しかし、特定の職業集団に所属する限りはその規範内容は当然に理解しているものと推定され、また、それに従うことが暗黙のうちに、しかし、当然に要求される。

 研究者の場合であれば論文盗作などが職業倫理にきわめて反する行為となる。これが明らかになれば、おそらくは職を失うであろうし、何より確実なのは学会において信用を失墜し、その汚名を生涯負っていかなければならないと言うことである。それゆえ、職業倫理に反すると、法令違反と同程度に、時にはそれ以上に重い制裁が課せられる。

 その理由は、以下の通りである。すなわち、専門職はその有する知識、技術および経験により、実践する仕事には広範な裁量が認められている。相当な理由がない限り、その仕事に対する他人の干渉を許さないところが大きい。さらにその持つ専門性や特殊性により社会的に高く評価され、それにふさわしい対価を得ている。それゆえにこそ、専門職にある者には、自らを律し、高度な倫理観が要請される、というものである。

 他方、専門職を選択し、長くそれに従事することにより、体内に後天的に「職業DNA」が発生すると私は考えている。研究者であれば、見聞することのすべてを論文のテーマになるか、と言う視点から見るようなことであろう。

 医師の場合、それは「病める者を治す」ことを最優先に、それ以外はすべて他事考慮に過ぎないとする思考回路と言えようか。眼前にけがをして血を流す患者がいれば、その者が被保険者証を持っていようといまいと、外国人であろうと、罪人であろうと、ためらわず包帯を巻くのが医師のDNAであろう。こんなときに「被保険者証がないなら、治せない」と言う医師がいたら、まさにこれこそ、その職業倫理が問われなければならないと思う。

 今回の病気腎移植が心に邪なく、医師のDNAに由来する体質から出た医療行為であるとしても、現在、当該執刀医には医療界から厳しい批判が向けられている。ドナー、レシピエントなどへの説明、同意の獲得、院内倫理委員会の設置・諮問の有無など、適正な手続きを経ての手術であったかが鋭く問われている。

 今回の件は脳死者からの腎移植が絶望的な状態において、その現場にたつ医師の職業倫理とは何か、換言すれば何を優先するべきかを、あらためて問う優れて今日的な問題である。
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