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(掲載日 2006.11.28) |
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アジア共同体構想は、いっときブームであった。しかし、外交をほんの少しでもかじったことのある人間にとっては、そんなことは、現実を知らない人間の絵空事に過ぎぬと言われてきたことも周知の事実だ。しかし、日米同盟を機軸にしていかねばならないという、日本の逃れられない宿命がある。
米国のグローバルな戦略とどう向き合うのかということを考えたとき、アジアと向き合う方法を、多様な角度からつくりあげるということがもたらすものは大きい。そういう想いから、2年前からアジアにおけるがん情報ネットワークの構築を提唱してきている。
2年前、韓国釜山・海雲台に、日本、中国、韓国、タイ、シンガポールからナノバイオテクノロジーの研究者が集まり、第2回アジアテクノロジー・ネットワーク国際会議が開かれた。
この会議では、広範なナノバイオテクノロジー領域を通し、アジア・太平洋地域 における高度先端技術の推進に関した、各国の研究動向の報告や円卓討論を行った。また、各国が連携・補完しあうことで国際的なアジア地域の力を生むことができることが再確認された。
出席した私は、アジア地域で共有できる人体情報のデータ・ベース構築の必要性を話した。
アジア市場を狙う欧米の製薬企業を中心にして、アジア人のデータ・ベースの整備は進んでいるが、アジア地域に密着して、地域の中で相互に共有できるものは存在していない。遺伝的情報は似ていても、大きく生活習慣の違う、「近くて遠い国」というアジアの多様性がもたらす情報は、生物学的隔たりの大きい欧米人にとってよりも、むしろアジア全体にとって更には、医学研究の未来にとって、必須の「研究資源」であるという声は、ここ数年アジアの研究者の間ではいわれてきたことではあった。
がんにまつわる情報は、感染症情報とは異なり、息の長い積み重ねと地域に根ざした人間の暮らしの営みへの眼差しが必要である。感染症の沈静化に伴い、アジア地域の寿命は大きくのび、今後、世界におけるがんのかなりの部分を、アジア地域でしめる可能性がでてきている。
アジアでのがん情報のネットワーク構築こそ、日本がアジアのリーダーとして声をあげるべき問題であると、2年前こうした構想をいいだしたとき、「大風呂敷」と笑われた話も、いまや、少しずつ動き出している。UICC(国際対がん連合)もようやく、今度、アジアの支部ができることになる。これを拠点に、アジアのがん克服を巡るさまざまな組織が、連帯を強める活動ができるようになるのだ。経済活動という点からみると、けして利益を生み出すネットワークではないが、経済活動では得がたい連帯の主軸となる可能性のあるものである。
ひとのカラダには、ひとりひとりの地縁・血縁がまとわりつく歴史がある。歴史的負債を抱えた地域ゆえに、過去の収奪のシステムの再来とされないためにも、カラダの情報は人間の尊厳の源である、という厳然とした視点にたった制度設計が、国際社会に対しても急がれることはいうまでもない。
どれだけ、高額な匿名化システムをいれようとも、個人情報は、人の心を支えなければ集まらない。だからこそ、別の言い方をするならば、逃れられないアジアの繋がりに向き合い、一緒に未来をつくりあげることで、アジア共同体構想が幻想にすぎないという、昨今の苦い経験を乗り越えることにも繋がるのではないのか。
負債は乗り越えるプロセスによっては、大いなる遺産にも繋がる。大国中国との関係を巡る米中間の動き、それを見守る他のASEAN諸国がむける日本へのまなざし、そして、米国とは違った歩みであるということに国家戦略の基盤をおこうとするフランスの東アジア共同体構想へのラブコールひとつとっても、この時代だからこそ、「絵空事」が、国益を得るためのドライビング・フォースとなる可能性がでてきたのだ。これは突き詰めると、情報という戦略で、病を防御するネットワーク構築にかかっている。
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