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コラム
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「医療刑事〜制度比較〜<連載1>」 平岡 敦
(掲載日 2007.03.13)
 医療刑事事件を担当していて感じることは「茶番劇だな」ということだ。

■医療刑事事件の千両役者たち

 医療刑事事件に関わる検察官も弁護士も、いずれも医療に関しては素人である。最近は、医師免許をお持ちの弁護士もいらっしゃるが、そのような方が担当するということはまれである。その素人が一夜漬けの医学知識を振りかざして議論しているのであるから、どちらが正しいなどと言ってみたところで、所詮はドングリの背比べ、もっと的確で下品な言葉で言うと、目くそ鼻くそである。

 さらに怖いのは、その目くそ鼻くそである検察官や弁護士よりも、裁判官がもっと「分かっていない」ことが多いということである。これは、裁判官が馬鹿だからではない。裁判官は、司法修習生の中でも優秀な成績を収めた方々がリクルートされるので、頭の良さで我々(特に弁護士)に劣るということは、まずないはずである(と信じたい)。では、なぜ裁判官が一番分かっていないのかというと、制度が悪いからである。

 検察官も弁護士も、当事者や関係者に実際に会い、生の声を聞いて心証を取る。種々の文献や専門家にも広く当たる(と信じたい)。ところが、現行刑事訴訟制度では、裁判官が当事者や関係者の生の声を聞けるのは、証人尋問の極めて限られた時間のみである。文献については、伝聞法則(同意制度)が裁判官が文献に触れるのを阻む。

 伝聞法則とは、人の記憶などというものは当てにならないので、人の言っていることは、その人を直接呼んで話を聞いて、その人の記憶が正しいことを確かめないと証拠にしてはいけない、という刑事訴訟法上の決まり事である。

 したがって、文献などの書証は、相手方の同意がないと証拠にすることができない。現実に、現在進行中の事件では、検察官が医学文献を不同意にして、物議を醸した。

 少し脇道に逸れるが、この伝聞法則を医学文献に当てはめることには大いに疑問がある。もともと取調室という密室での取り調べ結果を記載した供述調書について、それをそのまま採用しても本当のことが書かれているか疑問なので、同意制度ができたというのが本来の趣旨であろう。それを医学文献に当てはめてしまうことが正しいと言えるだろうか。

 とにかく、裁判官は、当事者や専門家に会うこともできず、医学的知識を仕入れるための文献にも十分に当たることができない状態で判決を書かなければならない。これでまともな判決を書けるだろうか?

■ルールなき戦場

 さらに、この怪しげな役者たちが戦っている戦場には、まったくルールがない。医療刑事事件は多くの場合、刑法211条の業務上過失致死傷罪が適用されるが、そこには「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は」としか書かれていない。「業務上必要な注意」って何なんだ?という疑問には、刑法はまったく答えてくれない。

 この注意義務を、個々の事案ごとに、専門知識のない大根役者がアドホックに設定しなければならないのである。刑事医療訴訟は先例が少なく、判例を見ても、その事件に適用できるものを発見できることは稀である。刑事法に関する法律書を見ても、医療刑事については、びっくりするくらい何も書かれていない。

■苛烈な結果

 このようにお粗末な舞台設定と登場人物にもかかわらず、そこで下される判断の効果は絶大である。有罪実刑となると、人格完全否定の刑務所が待っている。執行猶予が付いたとしても、前科者のレッテルを貼られるし、猶予期間中に交通事故でも起こせば刑務所行きである。

 さらに、起訴前の身柄拘束がきつい。まだ有罪と決まったわけでもないのに、完全に犯罪者扱いで、昼となく夜となく馬鹿みたいに大きな声を出して暴行をふるう(本当である)警察官や、ねちねちとした検察官にいびり倒される。そのような身柄拘束が多くの場合20日程度続く。起訴されて保釈をしようにも、多額の保釈金を要求される。ぜったい逃げたりしないのに「医者は金持ちだ」という観念のもと、安くても5〜600万円程度の保釈金を納付しないと、出してもらえない。おまけに弁護士を頼もうとすると・・これを自分から言うのは避けたい。

■制度比較

 さて、人の生命健康を守るために日夜奮闘する医療従事者に対して、このような苛烈な制裁を、このような茶番劇の結末として科してしまっていいのだろうか?

 当然、答はNOだろう。では、どのような制度を構築すればよいのか。ここですぐに答を出せるわけではないが、参考になる制度として、公正取引委員会の審判制度と、弁護士会の懲戒制度を取り上げてみたい。

 詳細は、次回に譲るが、公取の審判は、経済的な独占の排除という比較的専門性の高い領域を対象としているという点において医療刑事事件と共通項を有する。公取の審判は、独占禁止法と独自に定められた種々のガイドラインに沿って、公取内部で構成される審判を経て下される。

 また、弁護士会の懲戒は、権力に対抗するために自らの手で自律的に弁護士業務の適正さを確保するという目的のもと、弁護士会という部分社会において行われるという点において医療刑事事件と共通項を有する。弁護士会の懲戒は、弁護士法及び弁護士職務基本規程に沿って、弁護士会内部で構成される綱紀委員会及び懲戒委員会を経て下される。

 このように、専門性の高い領域で、特殊社会における問題を取り扱うという点において、医療刑事事件と共通項を有する制度の分析を通じて、医療刑事事件を適正化するためのヒントが見つからないものか。
連載2へつづく >>
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