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(掲載日 2007.05.08) |
■医療が年金に食われる日
主に中小企業のサラリーマンが加入する政府管掌健康保険(以下、政管健保)は、社会保険庁改革にともない、2008年10月、運営が「全国健康保険協会」に、徴収が「ねんきん事業機構」に移管される(このことを「公法人化」という)。
移管の1年少し前である現在、国、社会保険庁が怪訝な動きを見せている。
第一に、その会計処理である。政管健保は、従来、国の厚生保険特別会計で経理されてきた。厚生保険特別会計には、厚生年金勘定、健康勘定、児童手当勘定、業務勘定(会計を家計とすると、勘定は、家族それぞれの財布だと思ってもらえれば良い)があった。たとえば、健康勘定は、保険料収入、一般会計からの繰入金等をもとに医療給付費を支出するとともに、業務勘定にも費用を繰り入れ、事務コストをまかなっていた。余談であるが、事務コストどころか、健康勘定の財源で作られたのが「社会保険病院」であった。
さて、2007年度、厚生保険特別会計は、国民年金特別会計とともに、「年金特別会計」に統合された。保険の「ほ」の字もない会計で、政管健保はまるで年金に吸収されてしまったかのようである。
年金特別会計にも業務勘定があり、事務コストはこの勘定で経理される。財源は、同会計内に移された健康勘定、厚生年金勘定、国民年金勘定からの繰入金等である。このうち、国民年金の徴収率が低下しているのは周知の事実で、事務コストの負担も青息吐息。そうなると、事務コストは、健康勘定(政管健保)に面倒を見てもらおうかということになりかねない。実際、お金に色がついているわけではないので、政管健保の保険料が、本来年金保険料でまかなうべきものに使われるということは、じゅうぶんあり得る。
■健康保険料をあげてしまえ、という下準備
そうはいっても、社会保険庁いわく、政管健保の財政も厳しいらしい。そこで、社会保険庁は、水面下で健康保険料を上げるための工作を仕掛けはじめた。
先日、社会保険庁の政管健保収支見通し(注1)をもとに、「保険料率を引き上げなければ、累積赤字は▲8,100億円」という報道がなされた。しかし、これは実に不可解な収支見通しであった。
保険収支を計算するのだから、保険料収入と給付費支出の見通しが必要である。
まず、保険料収入についてだが、これを計算するためには、賃金上昇率の前提をおかなければならない。厚生労働省は、2年に1回、「社会保障の給付と負担の見通し」を発表して、この中で賃金上昇率の前提を示している。前回の政管健保収支見通しでも、ここで示された賃金上昇率をもとに試算がなされた。しかし、今回の収支見通しには、それより低い賃金上昇率が用いてられている。厚生労働省はごく最近、年金財政試算のために賃金上昇率の前提を置きなおしたが、それに比べるともっと低い(注2)。
一方、給付費支出については、年平均2.5%の伸びを見込んでいる。しかし、2001年以降は、診療報酬マイナス改定、被用者本人負担引き上げの年を除いても、保険給付費の伸びは年平均1.9%である。
社会保険庁が財政危機をあおるために、保険料収入を過小に、給付費支出を過大に見積もろうとしているのはミエミエである。なぜだろうか。
あと1年少し後には公法人化するのだから杞憂だといわれるかもしれない。しかし、それだけの短期間のために、新たな特別会計を創設しており、それこそがますます怪しい。前述のように、年金のために一肌脱ごうという臭いもするし、政管健保自体、以下の費用に頭を抱えている。
第一に、公法人化のための移管コストである。看板の挿げ替えだけでもお金はかかる。どこかから調達しないといけない。
第二に、過去のコラムも述べてきたが政管健保には、過去の負の遺産として1.5兆円の借金がある。これは保険料ではなく一般会計が返済することになっているが、返済予定はまったく立っていない。
これでは、移管のどさくさに紛れて保険料率を引き上げ、借金返済や移管コストを捻出しようとしている、と捉えられても仕方あるまい。国も官僚も、責任逃れに関しては一流で、すべての負担は国民へ押し付けられる。
また、マスコミはマスコミで、官僚の尻馬に乗り財政危機説をあおっている場合ではない。国民に判断材料を与えるという姿勢での報道が望まれる。そして、わたしたち国民としては、「ドサクサ」の背景には何かあるという目で、当面の流れを厳しく追及していきたい。
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(注1) |
社会保険庁「政管健保(医療分)の平成19〜23年度に係る収支見通し」2007年3月29日発表 |
(注2) |
ただし、最近、厚生労働省が用いている賃金上昇率のほうが過大であるといえなくもない。 |
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