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コラム
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「『消えた年金問題』に関する一考察」 片桐 由喜
(掲載日 2007.06.12)
■はじめに

 連日、「消えた年金問題」をめぐるマスコミ報道が続いている。この問題は端的に言えば、過去の年金保険料納付実績が、現時点で記録されておらず、本来なら受給できる年金額より少ない額しか得られていない、もしくは得られないかもしれないというものである。

 このような事態を招来した原因は、ひとつではない。すなわち、わが国の公的年金制度は、1985年以前には年金制度が職種別に分立していたこと、長い間、年金記録が手書きでなされてきたことは、個人の年金記録に不備が生じうる余地があったといえる。

 そして1997年に基礎年金番号制・電算化が導入され、あちこちに散らばっている保険料納付記録を一つにまとめる作業が始まった。手書き原簿をコンピューターに入力する作業にもまたミスが発生する要素が多分にある。

 こうしてみると、現在の事態は長期間にわたる小さなミスが膨大に積み重なった結末とも言える。本稿はこのような視点から「消えた年金問題」を考えてみたい。

1.社会保険の原則

 基本に立ち返ると、社会保険の原則の一つは「わかりやすいこと」である。皆保険・皆年金の現在、全国民が社会保険の当事者である。何をしなければならないのか−被保険者としての義務−、何を得られるのか−被保険者の権利−が明確でなければ、義務の履行と権利の実践は困難である。

 本テーマとの関連で言えば、被保険者としての同一性を確保するために正しい名前の読み方、生年月日を、私たちは正確に伝えなければならない。そうでないと、一人の人について複数の年金記録が残される。このような基本的な被保険者としての義務がわかりやすく伝えられてきただろうか。また年金受給に際し、受給額に間違いがないかを確認するにはどのような方法があるかを国は周知してきたといえるだろうか。

2.年金制度は万全か

 被保険者である国民も何をすれば間違いなく年金を受給できるかについて、深く考えてこなかった。その背景には、年金制度を運営する国に対する信頼がある。換言すれば年金制度は複雑でよくわからないが、国に任せておけば大丈夫であると考えてきた。国もまた、このような信頼を根拠に、当局のすることに間違いはないということを前提に年金業務を営んできたといえる。

 しかしながら、古くは当時加入資格の無い外国人を被保険者として扱った事件(東京高判昭58.10.20判例時報1092号31頁、東京地判昭63.2.25判例時報1269号71頁など)や、近年では年金過払い・過少払いなど、当局側の誤りが伝えられることが少なくない。

 年金制度は周知の通り多くの制度改正を経ており、複雑である。加えて老齢年金の場合、一定の拠出期間が受給要件であるところ、相当以前の拠出実績を被保険者個人が証明することは困難である。20年前の領収書を保管している人がどれほどいるかを考えてみると、明らかであろう。当局側の誤りは、決して例外的な現象ではないが、それを被保険者が指摘することはそう容易ではない。

3.「ミス」を想定した制度設計へ

 ところで飛行機の運行においては常にミスが想定され、乗務員らは事故対応マニュアルを徹底的に訓練されているという。先日の航空機尻もち事故では、パイロットが訓練通り危機を回避し、そのおかげで惨事を免れたと伝えられている。

 年金制度の運営もこの例を見習っていれば、「消えた年金」という失態を相当程度、防ぐことが可能であったのではないだろうか。つまり、社会保険庁側が自ら進んで、年金改革の折々に「ミスの可能性があるので、被保険者の皆さんは必ず最寄の社会保険事務所に問い合わせをしてほしい」ということを、何度も広報していたとしたら、その被保険者の自発的な確認行為によりミスが発見され、記録訂正のきっかけとなったことなどを国民に向けて発信していたなら、「消えた年金」の数はこれほど膨大ではなかったであろう。何より、これほどまでに社会保険庁や厚生労働省が責められることは無かったであろう。

 大手電機メーカーが不良石油ストーブの回収のために、費用をかけて周知活動をして、事故の未然防止と自らの責任の範囲をできるだけ縮小しようと努めているのに対し、きわめて対照的な国の対応である。

 これからは年金制度の運営にも間違いが起こりうるということを前提においた制度設計が必要だろう。事後救済立法だけではなく、若い世代のために、「ミス」を見つけやすく、訂正しやすい制度を構築していくことが肝要である。
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