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コラム
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「民間の志 コムスン不正が損ねた信頼」 浜田 秀夫
(掲載日 2007.08.28)
 介護など福祉事業と、民間企業による営利活動は両立しないのか。コムスン不正問題は、このことを改めて問うた。

 コムスンは、民間介護事業の草分け的存在だった故榎本憲一氏(03年死去)が高い理念を掲げて旗揚げし、いまの事実上のトップ折口雅博氏が引き継いだ。単なる金儲けにしないというのが会社の姿勢だったはずなのに、こうなった。

 代表的企業の不祥事を受け、介護業界では今後、民間主導でなく、官僚統制が強まるかもしれない。しかし、民間でも高い志はある。それを生かしていけないものかと考える。

 「福祉と営利の両立」という場合、二つある。(1)福祉の「志」や理念と、営利活動が両立するか(2)福祉経営と営利事業(民間企業)が両立するか、ということである。

 まず「志」から検討しておく。「これだから福祉は民間に任せられない。役所が担うべきだ」という声の背景にあるのは、民間企業は営利に走り、悪いことをする、低いという見方である。そして、医療に代表されるように人間が人間らしく生きるための公共サービスは営利になじまないという思想が根本にある。

 しかし、実は、介護事業で民間のモラルも高いのだと証拠を示したのが、ほかならぬコムスンである。20年前、コムスンは榎本さんが仲間とともに福岡市で旗揚げした。それまで労働運動から病院事務にかかわり、寝たきり老人の社会的入院の問題を目の当たりにしたのがきっかけだという。

 そして、当時、24時間、365日、いつでも顧客のニーズに応じた訪問介護、訪問入浴サービスを開始した。そのころ公共部門(行政、社会福祉団体)による福祉は平日午後5時で終わる文字通りの役所仕事であり、困っている高齢者らのことを考えていなかった。

 それに対して、榎本さんのコムスンは民間の営利事業だからこそ機動的に顧客の需要に応じることができる。規制のない営業の自由が道徳を実現させる事例も存在する。したがって、「志」と営利が両立する場合がある。

 では、福祉経営と民間企業は両立するか。すなわち採算が合って事業として成り立つのか、である。この点、コムスンについていえば、創業者の榎本氏と現在の折口氏は対照的な発想だったと思う。

 当方は01年、介護保険スタートして1年を迎えたとき、東京・六本木の会社に折口氏を訪ね、話を聞いた(そのころ、六本木ヒルズは建設中だった。彼の会社は、アークヒルズの近く、つまり彼の出身、日商岩井に近い場所だったと思う)。そのとき、折口氏は後退を余儀なくされていた。

 訪問介護拠点を一気に全国展開し、大々的なテレビコマーシャルを流したものの、客がさっぱり来なかった。縮小を迫られたのである。ブランド力を生かして業界一位を取る手法である。しかし、それがうまくいかなかった。介護は人が直接人に触れる仕事である。高齢者は様子をうかがっていたのだろう。

 その前後、当方は、福岡県に榎本氏を訪ね、折口氏の苦境をどう見るか聞いた。すでに榎本氏はコムスンを離れていたものの、後継者である折口氏にがんばれと声援を送っていた。「いいサービスをすれば客はわかってくれる」。地道な活動が信頼獲得の方法だという考えだった。

 両者の違いは、経営において理想主義の榎本氏、現実主義の折口氏ということである。榎本氏もそれでよいと思っていたふしはある。自分の志を基本に、折口氏の経営感覚をプラスすればいいと。

 その後の折口氏は訪問介護を再び増やして盛り返し、次には富裕な高齢者を対象とした高級有料老人ホームの建設を展開した。規模拡大による売り上げ増加、利益幅の大きな事業という二通りの手法であろう。

 一見、現実主義の折口氏の方が成功したかに見えた。しかし、結局は、今回の不正である。そもそも法令を守れず、不正を指摘されるのでは現実主義も何もあったものでない。経営者としての手腕に大きな疑問がつく。結局、福祉経営と営利が両立しないという事例をつくったように見える。

 問題は、それが一般化できるかだ。当方が思うのは、コムスンの場合、折口氏は創業者・榎本氏の「志」を忘れたのではないか、ということだ。

 よくみると、再度の訪問介護の規模拡大も、24時間、365日のコムスンの信頼が基礎にあってできることだし、それによって築かれた信用の上に高級老人ホームも建つ。出発点は創業にある。もちろん、いまもコムスンのホームページには創業時の志と歴史の物語が掲載されてはいる。

 しかし、現実に生かされていなかったのである。もし、介護報酬が低いので不正をするしかないというなら、給料が安いので泥棒が許されるという理屈になってしまう。
故榎本氏は、毀誉褒貶の激しい人ではあった。ただ、最後は厚生官僚の信頼を得ていた。その志の高さが、厚生官僚の中にもいる「志」のある連中の琴線に触れた。

 そして、政治的には、介護や福祉をこれまでの行政の措置制度から、民間による契約制度に切り替えたとき、榎本氏は民間福祉を成功させた一番手として、厚生省には必要なシンボルだった。両者の利害が一致したとはいえる。

 その後継者である折口氏が不正を働けば、これまでの榎本氏の遺産をはじめとする信頼は一気に吹き飛ぶおそれがあるのは明らかであった。

 今後の方策として、介護報酬を引き上げるのはいいことだろう。しかし、財源として保険料、自己負担の引き上げを国民にどう納得してもらうか。落ち着いて議論すべきなのに、「民間けしからん論」に話が拡散しないか。

 きつい、報われない仕事だとして人材が集まってこないという。介護業界が暗くなる話ばかりである。本来、業界1位のコムスンが社会に問題提起して改善を議論すべきだったのである。それができなくなった。

 晩年の榎本氏は、介護に科学・学問の裏づけが必要だと盛んに言っていた。医学のように学問としての土台がないと定着しないということのようだった。つまりは蓄積というか、根っこを深めるということでもある。今回の事件は、介護業界の底の浅さを示したように思える。
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