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コラム
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(掲載日 2007.09.18)

■他人ごとではない「サブプライムローン問題」

 このところ、「サブプライムローン問題(注1)」で金融市場が混乱し、各国の政府や金融政策当局(中央銀行:日本でいうと日本銀行)が対応に追われている。

 連日報道されているように、この問題は海外の問題であり、日本にはかかわりがないことのように思われるが、実は日本にとっても大きな問題だ。

 日本経済は景気が回復しているとはいうものの、海外景気に多くを依存しており、株式市場も外国人投資家動向に依存しているため、海外動向が日本の経済や株価に大きな影響を与えるからだ。

■ことの発端

 ことの発端は、欧州中央銀行(ECB)が金融市場に突然大量の資金を供給したことだ。欧州の大手金融機関が、サブプライムローンの焦げ付きに関連して資金繰りに窮したことへの措置だったが、これが世界の市場関係者に「サブプライムローン問題は、そんなに大変なことなのか」との不安を抱かせてしまった。

 更に、ECBがそれまで金融引締め政策を取っており、今後も引締めを続けると見られていた中での資金供給(=金融緩和)であったことも、市場関係者のサプライズを増幅させた。日米欧の株価は暴落し、今日に至るまで、サブプライムローン問題は依然不透明な状況が続いている。

■なぜ大変なことになったのか

 サブプライムローンは残高が少なく、住宅価格の下落もほんの僅かなのに、問題がここまで大ごとになった背景には、金融技術の発達(注2)もあるが、こうした問題に対する中央銀行の不慣れがあるのではないか。

 金融市場で問題が発生したときに、金融政策当局が最優先しなければならないことは、市場の動揺を鎮めることだ。しかし、今回の当局の行動は十分だとはいえなかったようだ。

 例えば、米国では1987年のブラックマンデー(注3)のときに、「無限の流動性を供給する」というグリーンスパンFRB議長(当時)の発言とともに、緊急の大幅な利下げを行って危機を回避した。

 また、1998年のロシア財政危機に伴うLTCM破綻(注4)に際しても、同議長は緊急利下げなどを行い危機を回避した。更に、2000年のITバブル崩壊時には、日本の1990年以降のバブル崩壊時に日銀が行った金融政策を反面教師にして、同議長は矢継ぎ早に大幅に金利を引き下げ危機を救った。

■問題が収まらない理由は

 しかし今回は、ECBは直ちに大量の資金供給をしたものの、それが市場へのサプライズという形でやや裏目に出ただけではなく、震源地である米国のFRBの動きに、ややためらいが見られる。

 バーナンキFRB議長は市場の危機に直面して、「あらゆる政策手段を総動員する」と公言した。だが、実際の行動はあまり効果的ではない公定歩合の引き下げなどにとどまっている。

 前任のグリーンスパン議長には「数々の危機を回避した」という名声がある一方で、「市場を甘やかせた」という批判もある。バーナンキ議長には、前議長との違いを見せるためにも、「市場参加者の失敗は自己責任」という原則を守りたいという思いがあるのではないだろうか。

■対策は

 金融危機を救うためならば、誰になんと言われようともタブーなしに何でもするべきだ。資金運用の失敗で顕在化した金融機関やファンドの注意義務違反(注5)は問われるべきだが、それは危機が過ぎ去った後でも十分可能なはずだ。

 1990年以降の日本を見れば分かるように、「土地と株で踊った連中を懲らしめる」という倫理を前面に押し出した金融政策(注6)は、日本の金融システムや経済に壊滅的な打撃を与えた。グリーンスパン氏は日本の失敗をよく研究していたのだが・・・。

 このあたりが、実務家グリーンスパン氏と学者バーナンキ氏の違いなのだろうか。

(注1)  「サブプライムローン」とは、米国の信用力の低い個人向けの住宅ローンで、貸し手側から見ると、高い金利を得られるが貸し倒れのリスクも高い。しかし、これまで米国では住宅価格が上昇し続けており、住宅価格の上昇が続く限り問題は起きなかった。

 米国では、個人が購入した住宅価格が上昇すると新規にローンを組み、それまで借りていたローンを返済するとともに、住宅価格上昇分の差額を消費に充てていた。

 しかし、住宅価格が下がり始めると、この回転が効かなくなり、サブプライムローンのリスクが顕在化した。このローンを担保にした証券が、様々な形で金融機関や投資ファンドに保有されていて、損失が表面化するとともに転売が困難になり、欧米の一部金融機関などで資金繰りが悪化した。
(注2)  リスクが大きいサブプライムローンを担保にして証券化したものを、様々に組み合わせて別の証券にし、リスクを小さくする手法がある。サブプライムローンのリスクが小さくなるわけではないが、分散されるので、証券の買い手がリスクに気がつきにくい。
(注3)  米国で貿易赤字が増え、ドルの信認に疑問が出ていた中で、世界の金融政策当局の足並みの乱れを契機に米国株価が暴落し、それが世界中に波及した。ただ、過度の暴落の背景には、機械的な売買手法があったといわれている。
(注4)  投資理論のノーベル賞受賞学者が名前を連ねる米国の投資ファンド(LTCM)が、投資理論に過度に依存して投資をした結果、金融市場の変調に耐えられず破綻した。
(注5)  資金運用受託者は、委託者に対して、事前に提示した投資対象や投資手法に則って行動しなければならない。サブプライムローン関連証券への投資は、それらの範疇外である可能性がある。その場合、運用受託者は運用責任を問われる。
(注5)  1990年から始まった日本のバブル崩壊時に、日本銀行は「株や土地の値下がりは、バブルに踊った本人の責任」として、金融引締めを強化したため、資産価格は更に下落した。
 金融危機が発生しているにもかかわらず、当局は危機対策をとらないばかりか、利上げで危機を一層拡大させてしまったことになる。そのため日本は1300兆円もの資産価値を失い、10数年にわたるデフレ・不況に陥っているが、当時の三重野日銀総裁は、バブル成金を懲らしめる「平成の鬼平」として、国民から賞賛された。

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