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コラム
今週のテーマ
(掲載日 2007.10.02)
 弁護士として、時折、少年事件を引き受けている。少年当番という制度があり、数か月に一度、弁護士会から事件が割り振られてくるのだ。

■ ADHD

 今、担当している少年は、ADHD(注意欠陥・多動性障害)である。

 少年自身も親も、鑑別所で調査官から指摘されるまで、少年がADHDであることには気付いていなかった。私が親から話を聞くと、いくら叱っても、勉強もクラブ活動もさぼってばかりで、その上、下手な言い訳ばかり繰り返している我が子に、ほとほと愛想が尽き、疲れ切っていた。

 少年も、そのような自分に苦しんだようであり、それを理解してくれない親に対する信頼を失ってもいた。その結果、家出を繰り返すようになり、小さな盗みを犯して、家庭裁判所のお世話になることとなったのである。

 しかし、家庭裁判所の調査官の指摘で、ADHDではないかということが分かり、親も少年も、その指摘に得心がいったようだった。試験観察処分(最終的な処分を決める前に、試験的に様子を見るという処分)となり、専門病院を受診したところ、正式にADHDとの診断を得た。

 ここで親子ともども努力して・・となるか?と期待し、そのサポートも行ったつもりでいた。

 しかし、親の自信喪失、親と少年との信頼関係の欠如は、そう簡単に癒せるものではなかったようだった。少年は、病院にも通院しなくなり、私と親が探したアルバイト先にも行かなくなった。

 そうすると、今度はそれが親と少年の対立点になってしまった。親は、もう少年との諍いに疲れてしまっており、堪え性がなくなってしまっていた。

 結局、少年は、再び盗みを犯し、試験観察は失敗に終わってしまった。

■ 周囲を責める親子

 ほかにもADHDを疑わせる少年を担当したこともあった。

 その少年の場合は、正式にADHDとの診断を受けなかったが、同じように勉強やアルバイトなど、何でも長続きしない子だった。

 やはり親は少年に愛想を尽かしていて、「弁護士なんていらない」「被害者は私だ。被害者が何で弁護士を頼むんだ」という態度だった。

 この親子の場合は、前の親子と違い、教師や私など、周囲にいる人すべてを非難していた。自分は悪くない、ということだった。親も子も、信頼関係を築く対象がないようであった。

 不思議なもので、親子間に信頼関係がなくても、子供は、親が否定するものは、同じように否定する。その意味で、親子間に信頼関係がないように見えても、実は何かの気持ちが通っているのかもしれない。

 この少年も、やはり試験観察だったが、失敗だった。一度は保護観察処分(少年院ではなく、保護司の監督のもと在宅で生活する)をもらい、家で過ごしていたが、すぐに別の犯罪を犯して少年院に行くこととなった。

■ 現代のジャン・バルジャン

 少年事件は、常に親子間の信頼関係が崩れているところに生ずるもののようである。親は子を責め、子も親を責めている。しかし、まだ、信頼関係を築けないと悩む親がいればいい方だが、それも不可能なケースもあった。

 『レ・ミゼラブル』の主人公ジャン・バルジャンはパン1個を盗んで無期徒刑(※編集部注)に処せられたが、この少年はコンビニでおにぎり2個を盗んで少年院送りになってしまった。

 少年は19歳で、計画性がなく衝動的な性格のため(ADHDかどうかは分からない)、アルバイトでお金を稼いでもすぐに派手に散財してしまう。このときも友達と派手に飲んでオケラになってしまい、翌朝、お腹が空いてコンビニでおにぎりを盗もうとして御用となってしまった。

 この少年は、父親が行方不明で、母親は精神神経科に入院していた。兄弟が一人いたが、年若で収入が少なく、妻子を抱えていて、少年の面倒を見る余裕はなかった。したがって、家族による保護を望むことはできない環境だった。

 そのような場合、通常は児童自立支援施設での保護を考えるのだが、法律上「児童」とは18歳に満たない者なので、児童自立支援施設でも引き取ってくれない。

 おにぎり2個であっても「少年」である以上保護しなければ、というのが少年法である。そうなると、あとは少年院しか彼の面倒を見る場所がなくなってしまうのである。

■ 少年事件と家庭の絆

 このようにすべての少年事件には親や兄弟との絆が関わってくる。互いに信頼できる環境がないことがすべての事件の基礎にあるように思う。

 ジャン・バルジャン事件には余談がある。私が、おにぎり2個を盗られたコンビニに謝罪に行き、店の主人に「少年を許す」という上申書を書いてもらおうと四苦八苦していると、そのご主人が「なんで少年事件が起きるんだろうねえ?」と聞くので、「親の方にも問題があることが多いようですよ」と気軽に答えた。

 すると、「実はうちの子もね・・」と自らのお子さんが事件を起こした体験談を話し始めた。こりゃまずいと思ったが後の祭り、冷や汗をかきながら必死にフォローした。

 なんとか上申書をもらえたが、やはり少年事件は親子関係が重要と、変な納得をしたのだった。

(※編集部注)  旧刑法で、期限を定めずに、重罪人を島に送って労役に服させた刑。

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