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コラム
今週のテーマ
(掲載日 2007.10.30)

 子どもに「がん予防」教えるの?大概、「は?」と、戸惑ったような反応が返ってくる。大人でさえ、がん領域の話でも、がん予防というテーマは、どこか焦点の定まらないぼんやりとしたイメージを持つ。

 ましてや、子どもにとっても、40代以降に増えていく「がん」という病の予防など、縁のない話でぴんとこないと受けととられる。「子ども」と「がん」というと、小児がんのことかと極めて特殊な領域に、社会的関心は限定されがちだった。

 それゆえ、がん予防の教育啓発活動においても、一般の子どもたちを対象とすることは、これまで空白地帯であったことはたしかだ。

 「がん」は遺伝子に傷がつくことでおきるものだが、後天的な環境要因は大きく、まさに生活習慣病であり、ひとりひとりの自分のカラダとの向き合い方が大きく影響する病である。

 しかし、かつて、「死病」といわれたこの病も、乗り越えることが十分可能な病となった。医療の発展はもちろんであるが、自分のカラダの状態に耳を澄ませ、野菜を中心としたバランスのとれた食生活と適度な運動を実行するとともに、健診をしっかり受けるというがん予防の王道たる、ライフスキルが定着してきたからであろう。

 それゆえ、UICC(国際対がん連合)ではTODAY’S CHILDREN TOMORROWS’ WORLDとして、こどもへのがん予防啓発活動に取り組み始めた。

 この活動は実は、アジアという観点においてもとても意義のあるものだと考えている。医療格差の大きなアジア地域において、次世代の子どもたちに向けるがん予防教育が、アジアの医療の標準化の第一歩だと思うからだ。

 あえて親子の関係の密着度の高い初等教育の現場で、低年齢の子どもたちに理解してもらい、適切な情報を与えることが、環境教育の前例にもあるように、家庭への啓発活動にかなりの効果が望めるものだ。

 がん予防の専門家たちが一番力説するのが、子どもたちに喫煙を始めさせないことである。それから、日本を含めアジア各地で急速に増加している子宮頸がんに関しては、学校教育の場で適切に子どもたちに情報を伝えていかねばならないはずだ。

 そういう意味において、今年11月に南京で開催する、アジアでいかにがん情報の共有基盤を構築するかという国際会議のプレイベントの意味もこめて、8月4日、第3回日中知的交流会を、国立青少年オリンピック記念センターで、アジア・ハイテク・ネットワークとして開催した。

 これは毎年、算数オリンピックにやってくる中国のこどもたちに、日本IBM後援による日本の科学技術の講義を通じて、ひとつでも多く、日本との知的共有基盤を作ろうというのが狙いだ。

 今年も、中国全土から選抜された中国の小学5年と6年の188人が、日本の算数オリンピックに他流試合として参加するため、約15万円ほどの参加費を自費で払いやってきた。経済格差の大きい中国でも、彼らはもちろん一握りの富裕層の子どもたちである。

 数日間、彼らを垣間見る中で伝わってくる生活水準の豊かさと能力の高さは、毎年スケールアップするようで、彼らが大人になる十年後の中国の底力には想像して余りある。

 これまで、この交流会では、「ゲノム」(2005年)「ロボット」(2006年)と、日本が誇る科学技術の出前講義を、それぞれの分野の第一線の研究者にしてもらってきた。今年選んだテーマは、「がん」である。

 日中両国の重い共有課題であるこの病について、子どもを対象として、「一緒に未来のがんを克服しよう」というテーマを設定したのだ。

 当日は、対がん協会が、坪井元日本医師会会長の監修でつくった「肺がんに禁煙キック!」を上映した。

 東京大学の生命環境科学系博士課程の林芳さんが、子どもたちの心をしっかりつかんだすばらしい通訳で子どもたちに中国語訳をして、また、角川デジックスが、導入部分のやりとりを、コンピューター・グラフィックで作ってくれたこともあっても、子どもたちは、食い入るようにしてみていた。

 対がん協会のビデオは、格闘家の角田信朗氏の熱演もあって、たばこの害、がんとの関係などが、わかりやすくできているスグレもので、中国の子どもたちにもとても受けた。

 中国は公共機関などでの禁煙が急速に進んでいるとはいえ、未だに喫煙社会である。会場でこどもたちに聞いてみると、親の9割以上が喫煙者であるという。

 大人たちから、徳育と勉学で追い立てられている、中国の一人っ子たちにとって、「煙草をすっているお父さんには水鉄砲をかけましょう!」というやりとりは、子どもたちにひどく興味深い話題であったようだ。

 近年、日中両国の教育現場では、歴史教育問題など、子どもたちの日常の暮らしにはまったく関係のない話題が、専門家たちだけで共有されあってきた。

 今後は、食育や禁煙教育など、子どもたちの当たり前の暮らしと向き合って、語りを重ねあいたいとおもっている。

 「未来のがん予防は僕たちの手で」という共有の課題は、両国民の国民感情にも安定的感情をうむものである。

 日中両国の次世代を担う子供たち同士が、いのちの重みに繋がる深刻な課題について、同じプログラムを共有してともに考えるという姿勢が、30年後の未来をも共に考えようという国民感情に結びつくのではないだろうか。

 これは両国の安全保障にも貢献する。日中関係の基本は長期戦に持ち込めるネタを、どれだけ国民生活レベルでもつかにかかっているといわれるが、がん予防の世界は、知財も関係なく、関わる人々にとっても利害関係の衝突の生まれにくい分野である。

 がん予防教育は、息の長い取り組みが必要なものであり、少子高齢化社会の抱える悩みをお互いにさらけ出さざるを得ない。

 共有の克服課題を話しあえるという視点の細やかさが、今後の長いパートナーシップの布石になりうると私は、固く信じている。

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