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コラム
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(掲載日 2008.01.08)
 
 平成19年11月7日、東京地方裁判所は、混合診療の是非が問われた訴訟において、原告患者勝訴、被告国敗訴の判決を下した。本稿では、この判例における裁判所の判断の枠組について述べたい。

 ■本訴訟の事案

 本訴訟の原告は、腎臓ガン患者であり、その治療のために保険診療であるインターフェロン療法を受けていたが、主治医から勧められ、自由診療である活性化自己リンパ球移入療法も併せて行うこととなった。

 厚生労働省は、健康保険法及びその関連規則の解釈として、保険診療と自由診療を併用した場合、いわゆる混合診療の場合には、保険診療分も含めて保険給付は行わないという立場を取っている。したがって、本件原告はインターフェロン療法についても保険給付を受けることができなくなった。

 ■双方の主張と裁判所の判断

 そこで、本件原告は、インターフェロン療法についても保険給付を受ける権利があることを確認するための訴訟を、国(厚生労働省)を被告として提起した。

 原告の主張は、
(1)厚生労働省は、健康保険法及びその関連規則を正しく解釈していない、(2)厚生労働省が取っている保険制度運用は、保険診療のみを受ける者と保険診療に加えて自由診療も併せて受ける者とを合理的な理由なく差別しているので、憲法14条(法の下の平等)に違反する、 というものである。

 この原告の訴えに対し、被告は、
(1)厚生労働省の解釈は、健康保険法及びその関連規則の正しい解釈であり、(2)憲法14条に反するものでもない、と主張した。

 しかし、結果として、裁判所は、原告の訴えを認容し、原告がインターフェロン療法についても保険給付を受ける権利を有していると確認する判決を下した。

 ■立証責任

 訴訟には、立証責任という概念がある。訴訟において事実主張をする者は、その事実の存否を裏付ける証拠を提出しなければならない。

 しかし、常に事実の存否を裏付ける完全な証拠を提出できるわけではないので、裁判所が事実の存否を疑いなく判断できない場合がある。「場合がある」というより、疑いなく判断できない場合の方が多いと言える。このように完全な証拠がない状況の下で、訴訟に決着を付けるためのルールが立証責任である。

 すなわち、原告又は被告のいずれかに立証責任を負わせ、立証責任を負った側が十分な証拠を提出できなければ、立証責任を負っていない側が十分な証拠を提出していなくても、立証責任を負った側が敗訴することになるのである。

 立証責任を原被告のどちらが負うかについては、法律で定められた明確な基準がないのであるが、大まかに言うと、請求が対象とする権利関係に関する有利な結果を享受することになる側が負うものとされている。

 ■本訴訟における立証責任の所在

 本訴訟は、行政訴訟であり、原告が関係する法律関係の確認を求める訴訟である。この分野では特に明確な立証責任の分配基準がないが、事実上は国や自治体に有利に訴訟が展開することが多く、原告である市民の側に立証責任が事実上課せられることが多い。

 しかるに、本訴訟において裁判所は、その争点を設定するにあたり前提として
「患者が、インターフェロン療法と活性化自己リンパ球移入療法を受けた場合には、インターフェロン療法は保険診療として保険給付を受け、活性化自己リンパ球移入療法は保険診療の対象外である自由診療として患者が自己負担すべきことになると考えるのが自然な帰結といえよう。」
と述べて、原告患者の法解釈が自然であることを前提として、被告である国に反論をさせる形を取っており、通常とは異なり、被告国に立証責任を課している。

 この点が本訴訟の大きな特徴の一つである。

 ■被告国の反論

 このように立証責任を負った被告国は、厚生労働省の解釈が健康保険法及びその関連規則の正しい解釈である理由として、以下の二点を挙げた。

 (1)複数の医療行為が行われる場合、それらの医療行為は不可分一体の医療行為であり、不可分一体の医療行為全体として保険診療の対象となるかを判断すべきであるが、保険診療に該当しないものが加わって一体となっている場合は「療養の給付」に該当しない。

 (2)保険外併用療養費制度を定めている健康保険法86条は、混合診療のうち保険給付がなされるものを限定的に掲げたものであるから、その反対解釈により混合診療のうち保険外併用療養費制度に該当しないものについては、すべて「療養の給付」に該当しない。

 ■裁判所の判断

 しかし、このような原告国の反論を、裁判所はことごとく排斥した。

 被告国の主張する(1)の理由に対しては、
(a)健康保険法からは被告国が言うような「『療養の給付』が受けられないと解釈すべきであるという根拠はおよそ見出し難いと言わざるを得ない」と断じた。

 また、(b)健康保険法から委任された療担規則などを見ても、個々の診療行為を基準に点数計算を行うのであり、特定の傷病を基準としてその傷病の治療に必要な一連の医療サービスについて保険給付を行うという制度ではないので、国が主張する解釈は読み取れない、とした。

 被告国の主張する(2)の理由に対しては、
保険外併用療養費制度は個別具体的に列挙された高度先進医療等について費用を支給する制度であり、保険診療と自由診療の組み合わせを全体的、網羅的に対象として、その中から保険給付に値する組み合わせを拾い上げて保険給付の対象とした制度であるとは言えないので、国が主張するように保険外併用療養費制度に該当しないものを保険給付の対象外とすることを意図して法が定められたわけではない、とした。

 ■憲法判断に踏み込まず

 そして、裁判所は、上述の通り健康保険法及びその関連規則の解釈として、そもそも混合診療において保険給付を否定しているとは言えないので、現行制度が憲法14条に違反していると言えるかを判断するまでもなく、原告患者の主張を認容した。

 すなわち、そもそも原告国が主張するような「制度」は法律上存在していないので、その妥当性を憲法との関係で判断する必要がない、と言い切ったのである。

 ■被告国の危惧に対する配慮

 被告国が
「混合診療の原則禁止という厚生労働省が採用する解釈、政策は、医療の平等を保障する必要性があること、混合診療を解禁すれば、患者の負担が不当に増大するおそれがあること、医療の安全性及び有効性を確保する必要がある」と主張したのに対し、

 裁判所は
「混合診療については、一方で、併用される自由診療の内、何をどのような方式で保険給付の対象とすべきか、また、それに伴う弊害にどのように対処すべきかという問題があり、他方で、自由診療が併用された場合にもともとの保険診療相当部分についてどのような取扱いがされるかという問題がある」と一定の配慮は示した。

 しかし、裁判所は、返す刀で「これらは別個の問題であって、両者が不即不離、論理必然の関係にあると解することはできない。

 そして、本件の問題の核心は、まさに後者の問題, すなわち、原告が、個別的にみれば、法及びその委任を受けた告示等によって、法63条1項の「療養の給付」を受けることができる権利を有すると解されるにもかかわらず、他の自由診療行為が併用されることにより、いかなる法律上の根拠によって、当該「療養の給付」を受ける権利を有しないことになると解釈することができるのかという点であるところ、法律上、上記のような解釈を採ることができないことは、縷々述べてきたとおりである。

 また、このような法解釈の問題と、差額徴収制度による弊害への対応や混合診療全体の在り方等の問題とは、次元の異なる問題であることは言うまでもない。」とした。

 すなわち、如何に混合診療に問題があっても、法解釈として混合診療を禁じていると解釈できない以上、その問題にはこれ以上踏み込むことはできない、と言ったのである。

 ■混合診療問題に関する司法の態度

 裁判所は、法律や規則の条文を素直に見る限り、混合診療禁止という解釈を読み取ることは難しいのであって、混合診療に種々の問題点があり、それを司法の場で問題提起しようとするなら、まずは制度としてその形を明確化しないことには、土俵にすら登れないと言っているのである。

 このような裁判所の判断には、混合診療禁止の必要性を主張しながら法律上明確な制度として規定してこなかった厚生労働省に対する批判が含まれていると言えよう。

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