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コラム
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(掲載日 2008.04.22)
 
 ■メタボ健診によって医療機関に生ずるリスク

 平成20年4月1日に施行された「高齢者の医療の確保に関する法律」(以下「高齢者医療確保法」という。)は、健康保険組合などの保険者に対して、40歳以上の者を対象とするいわゆるメタボ健診(特定健康診査)を実施することを義務づけている。

 その結果、健康保持に努める必要があるとされた人に対しては、保険者は特定保健指導をしなければならないとされている。

 しかし、労働安全衛生法で、事業者は従業員に対して健康診断を行うことが義務づけられているので、健康診断とは別個にメタボ健診だけを行うのは無駄が多い。

 そこで、高齢者医療確保法21条1項は、事業者が行う健康診断でメタボ健診に相当する内容の検査を行っていれば、保険者は別途メタボ健診を行う必要はないとしている。

 ただし、その場合、保険者は、事業者に対し、健康診断の結果を提供するよう求めることができ、事業者はそれを拒めない(高齢者医療確保法27条2項)。

 このとき、事業者が保険者に対し健康診断結果を提供してくれれば問題はないが、多くの事業者が、健康診断を実際に行った医療機関に対し、事業者に代わって保険者に健康診断結果を提供するよう求めてきているという。

 そうすると、医療機関にとっては、委託者である事業者以外の第三者である保険者に対して、大変センシティブな個人情報である健康診断結果を提供することになり、個人情報保護の観点から問題がないのか?という問題が生じることとなる。

 この問題について、(1)個人情報保護法上の問題点、(2)プライバシー保護上の問題点、(3)刑法上の問題点の3点から検討してみたい。

■個人情報保護法上の問題点

 個人情報保護法23条1項は、本人の同意を得ないで個人情報を第三者に提供することを禁じている。したがって、医療機関が健康診断結果を第三者である保険者に提供することは、原則として禁止されている。

 しかし、個人情報保護法は種々の例外を設けており、その1つとして法令に基づいて第三者に提供する場合というものがある。

 高齢者医療確保法27条2項は、保険者が事業者に健康診断結果を提供するよう求めることができるとされているから、医療機関から保険者への提供もこの例外に該当するとも考えられる。

 だが、法が規定しているのは、「事業者」から「保険者」への提供であり、「医療機関」から「保険者」への提供ではない。

 医療機関は、事業者の委託に基づいて保険者への健康診断結果の提供を行っているのだから、形式上提供を行っているのは事業者ということになり問題はない、とも考えられる。

 しかし、医療機関が事業者から健康診断を委託される場合に、そのような情報提供まで委託の範囲に入っているのか検討する必要があろう。

 また、個人情報保護法23条4項1号は、委託による個人情報の提供は第三者提供に該当しないとする。

 したがって、医療機関も事業者から健康診断結果を委託されているのであり、健康診断結果を保険者に提供するのは、委託された個人情報を委託者の指示に従って第三者に提供するのであるから、提供の行為主体は委託者であり、医療機関が提供することにはならない、と考える人もいるかもしれない。

 しかし、医療機関が事業者から委託されて健康診断を行う場合、健康診断結果を最初に取得するのは健康診断を行う医療機関であり、健康診断結果という個人情報を事業者から委託されるわけではない。

 したがって、健康診断の結果として得られる個人情報は、個人情報保護法23条4項1号が定める委託された個人情報ではなく、医療機関が個人情報取扱事業者として独自に直接取得した個人情報という性格を有するのである。

 したがって、その第三者提供については、医療機関が独自に慎重な対応を行う必要がある。

■プライバシー保護上の問題点

 仮に個人情報保護法上の問題をクリアするとしても、医療機関から保険者への提供がプライバシー侵害ではないかという問題は残る。

 すなわち、提供する情報がプライバシーに該当すれば、個人情報保護法はクリアしたとしても、プライバシー侵害に基づく損害賠償請求という民事上の責任はクリアできないのである。

 プライバシーとは何か?という法律上の議論はあるが、健康診断結果にセンシティブな情報が含まれていることは異論がないであろうから、ここではあえて触れない。

 しかし、ここでも事業者からの委託に基づいて健康診断結果を保険者に提供しているのであるから、プライバシー侵害についても医療機関は免責されるのではないか?という考え方もあろう。

 だが、事業者からの委託があっても、医療機関が健康診断を行って取得した個人情報に変わりはないので、その提供が違法行為と判断される余地は残っている。

 判例でも、事業者から健康診断を委託されていた医療機関が、特定の従業員についてエイズ検査も併せて行うように事業者から委託され、その従業員に告知せずにエイズ検査を行い、エイズ検査結果を健康診断結果とともに事業者に提供した事例で、エイズ検査を行ったことと、その結果を事業者に提供したことの2点についてプライバシー侵害であり違法であるとして、損害賠償責任が認められている(千葉地方裁判所平成12年6月12日判決)。

■刑法上の問題点

 さらに、医師は、刑法134条により、正当な理由がないのに、業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしてはならない、とされている。

 ここでいう「秘密」は、特定の小範囲の者だけに知られている事実であって、本人が他の者に知られたくないという意思を持っており、さらに他人に知られることが客観的に見て本人の不利益になると認められるもの、とされている。

 メタボ健診の結果が、時としてこのような「秘密」に該当することは、十分に考えられる。

 ただし、刑法134条は「正当な理由」がある場合は成立しないとされている。そして、正当な理由としては以下のようなものが考えられている。

 第一は何らかの法律上、提供する義務がある場合である。この点、高齢者医療確保法27条2項は保険者が事業者に健康診断結果を提供するよう求めることができるとしているので、この規定をもって「正当な理由」とできないか、とも考えられる。

 しかし、この規定は事業者を対象としているので、医療機関の免責事由とすることは困難であろう。

 第二に、本人が同意している場合が挙げられる。もちろん健康診断時に、その結果を保険者に提供することについて本人の同意を得ておけば問題はないであろう。

 しかし、現時点では本人同意を取得するという制度的な枠組みはまだ組み込まれていない。第三に、第三者の利益を保護するために緊急の必要性がある場合が挙げられているが、健康診断結果を保険者に提供することについて緊急の必要性が認められる場合は想定しにくい。

 以上から、医療機関が保険者に健康診断結果を提供することが、刑法134条に該当しないという確たる保証はないのが現状である。

■現実的対応

 このように問題を積み残したまま見切り発車したメタボ健診であるが、それでも義務づけされた保険者、事業者そして医療機関としては、対応をせざるを得ない。

 当面の最も確実な対応方法は、従業員本人から同意を確実に取っておく方法であろうと思われる。したがって、申込時点や健診実施時に「保険者に結果を提供する」ことを明確に告げ、同意を取得しておくことが賢明と言える。

 それにしても、なぜこのような見切り発車をせざるを得なかったのか、その疑問は消えない。
 
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