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コラム
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(掲載日 2008.06.10)

 5月22日、朝日新聞の朝刊に、「えっ」と目を疑う記事が載った。私の友人の某TV局の元解説委員は、一読、びっくり仰天して、コンビニに別の新聞を買いに行ったそうである。

 もちろん、詳しい情報がほしかったからだ。その後、他の新聞にも、続報も含め同様の記事が載ったが、朝日を別にすれば、扱いは大きくない。

 経済財政諮問会議で、民間議員の伊藤隆敏氏が、日本の公的年金の運用の効率化を提言したというのである。本当に「効率化」なら大歓迎だが、規制改革会議をはじめとして、効率化の名の下に、さまざまな「破壊」が行われてきたことをつい思い出してしまう。

 しかも、ベースになっている報告書は、経済財政諮問会議の傘下にある「グローバル化改革専門調査会」のものである。

 言葉にこだわり過ぎてはいけないが、「効率化」の上に、「グローバル化」「改革」と重なっては、はじめから用心したくなる。堀江・村上両氏が多用していた「ガバナンス」という、わかるようでわからない言葉も、なん度も出てくる。

外国人なら「リスクを高めず、運用収益を改善できる」?

 報告書は、「日本の公的年金の利回りが低いのは、制約が多く、機動的な運用ができていないせいだ」として、以下の提言を行っている。

 「150兆円という世界に例のない巨額資金を単一の機関が一括して運用する現在の形では、機動的・効率的な運用ができない。そこで、これをいくつかのファンドに分割し、競い合せる。国際分散投資、世界最先端情報の観点からも、海外にも複数の運用拠点を置くべきである。」

 「ファンドの理事・役員には専門性を持った優秀な人材が必要で、その際、外国人の採用を排除すべきではない。高額な報酬を払ってでも、優秀な人材を確保し、運用判断も大幅に委ねるべきだ。

 そのためにも、人件費削減の制約のある現在の独立行政法人は望ましくない。もっと独立性の強い認可法人などの組織に換え、人事権も政府でなくファンドの決定とすべきである。運用の委託先の決定も然り。」

 「現在は、国内外の株式と債券に限定されている運用対象を、不動産や商品先物などにも拡大すべきである。ガバナンスを強化し、効率的な運用を行えば、リスクを高めず、運用収益の改善が可能である。」

論理の飛躍

 「優秀な外国人」「高額報酬」「複数のファンドに分割」「自由な運用」「海外に拠点」「人事も運用委託も決定権は政府ではなくファンドに」など、ひとつひとつは必ずしも問題とは限らないが、全部が合わさると、国粋主義者でなくても、なんだか心配になって来る。そもそも、論理に飛躍がある。

 現在、厚生年金、国民年金の運用を行っているのは、厚労省所管の独立行政法人「年金積立金管理運用独立行政法人 Government Pension Investment Fund :GPIF」だ。

 GPIFは、業務経費・人件費などの削減が義務付けられている独立行政法人なので、優秀な人材をそれに見合った報酬で採用することができない。

 だから、組織換えが必要というのだが、それなら、GPIFをそれが可能な組織に換えれば良い。いきなり、高額報酬の外国人が運用するファンドまで視野に入れるのは、そのこと自体、リスクではないか。

 また、単一組織で一括運用だから機動的でないというが、それなら、中で分割することも、選択肢に入れるべきである。

 報告書が主張するように、責任を明確にし、広範で透明な情報公開をきちんと行う仕組みにすれば良いだけだ。競争させたければ、組織内でも十分に競争は可能だろう。

 しかも海外拠点で自由に、というのは危うすぎる。海外では目が届かない。大和銀行の米国債不正取引事件も、女王陛下の銀行といわれた英国ベアリングズ社を破綻させたニック・リーソンの事件も、海外支店で起きたことだ。

 運用評価を長期的視点で、というのも、気がついたら、ファンドがゼロになっていたという事態にならないか。

高額報酬は結果を保証しない

 専門性を持った優秀な人材を採用するために、「国際的な民間投資運用会社に比べて遜色のない報酬体系にすべき」というのだが、では、高額な報酬さえ払えば、結果は保証されるのか。

 それなら、なぜサブプライム・ローン問題は起きたのか。世界の名だたる金融機関が巨額の損失を被ったことをどう見るか。

 報告書は「実績がふるわない場合は、理事及び役職員の解任を含め、厳格な説明責任を求める」としているが、解任しても、説明責任を求めても、失われた国民の年金資金は戻ってこない。

 「外国人を排斥すべきではない」も正論に聞こえるが、残念ながら、わが国では、外資系金融機関の不祥事が後を絶たない。外圧のせいかどうかは知らないが、わが国の監督当局が外資に甘いのは、市場関係者の間では常識である。

 89年の株価指数先物導入に際しても、外資証券会社による株価操作まがいの不正取引があったことは、当時の市場関係者なら誰でも知っている。

 97年、98年の金融危機に際しては、不良債権を実際以上に過大に喧伝するレポートを出した外資が、銀行株の空売りで大きな利益を挙げたことも、良く知られている。通常は、これを風説の流布という。

低利回りは運用の失敗か?

 さて、報告書は、直近5年間の各国の年金運用利回りを比較している。ノルウェー6.9%、オランダ7.2%、スウェーデン7.5%、カナダ10.4%、アイルランド6.8%であるのに対して、日本は3.5%。

 この低利回りが、そもそも組織替換えを必要とする理由になっている。しかし、提言にもあるように、問題は、日本の場合、資産構成の割合が国内、とくに債券に偏って決められていることだ。

 国内で運用する限り、ゼロ金利といわれるほどの低金利が続いてきたわが国で、諸外国並みの利回りは到底望めない。インフレどころかデフレ経済だったのである。

 国内の経済環境が悪すぎた。この状況下で、3.5%の運用利回りは、悪いとは言えない。低利回りは、必ずしも運用能力の差を意味しないのだ。

 提言が指摘するように、国内に偏ったGPIFの運用制約は問題だろう。だとしたら、もっと機動的な運用が可能な形に変更すれば済む話ではないだろうか。

そして、財務省・金融庁の権限がまた拡大する

 今回の提言が、国民の年金の運用成績を向上させ、国民に利益をもたらしてくれるかどうかは、保証の限りではない。きわめて大きなリスクがある。

 しかし、この提言が実現すれば、金融機関とりわけ外資系金融機関に大きなビジネス・チャンスを提供するだろうことは、間違いない。

 専門委員会のメンバーには、国内だけでなく外資系金融機関のエコノミストも加わっている。それだけではない。再三、再四にわたり外資系金融機関から意見聴取を行っている。

 外資系の団体である「国際銀行協会」を交えて議論する日まで設けられていたのだ。なぜ、かほどに外資系のご意見を拝聴する必要があったのか。

 また、この提言が実現すれば、年金の所管において、厚労省の影響は一段と小さくなる。代わって、運用機関という金融機関を監督する金融庁の権限が拡大するだろう。

 郵政民営化で、郵便局は郵貯銀行、かんぽ保険会社という民間金融機関になって、その所管が郵政省から金融庁に変わった。

 道路特定財源の一般化で、ガソリン税などの財源が、国交省の特別会計から財務省の管理する一般会計に移ることになる。年金の完全税方式化が決まれば、少なくとも国民年金は、厚労省から財務省の所管に変わるだろう。

 さらに、今回の提言で、厚生年金まで金融庁の監督下に入る可能性が出てきた。財務省・金融庁の権限はますます大きくなり、それにつれて天下り先も増えるに違いない。

 公務員が加入する共済年金は、一般国民が加入する厚生年金・国民年金よりも常に優遇されてきた。数々のムダ遣いからも免れてきた。今回の提言も、なぜか共済年金は対象外で、厚生年金・国民年金だけなのである。

 グローバル化改革専門調査会のこの報告書は、副題として「世界の経済成長を生活の豊かさに」と謳っている。もし本当に、国民生活を豊かにすると信じるならば、なぜ共済年金は対象外なのか。

 この年金運用の改革は、来年までに道筋をつけ、速やかに実現を図るべし、とされている。それほど急ぎたいなら、まずは共済年金を対象に実行したらどうだろう。私たち、一般国民の年金は、厚生年金も国民年金も、その結果が出てから、判断することにしたいと思う。

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