先見創意の会 (株)日本医療総合研究所 経営相談
MENU
 
コラム
今週のテーマ
(掲載日 2008.10.14)

 「20歳から働き始め、その時には専業主婦の妻(第3号被保険者)がいて、60歳まで40年間、その状態が続く」

 今時、こんな男性がいたら紹介してほしい。

 04年の年金改革の時に「厚生年金は払った保険料の2.3倍もらえる」という試算が話題になった。

 1945年生まれの人(現在63歳)は、払った保険料の3.8倍がもらえ、65年生まれ(同43歳)は2.7倍、85年以降(20代未満)でも、2.3倍もらえるという。ありがたい話だが、その前提となっているのが、冒頭の人生だ。

 誰も相手にしないなら問題ないが、年金の損得論になると、いかにも正しいかのような扱いで登場する。今回は、この強引な試算が詐欺的であることを指摘したい。

 一番の問題は、計算方法なのだが、これは面倒なので、後回しにする。

 すぐにわかるのが、試算が本人の払った保険料だけを対象に行われていることだ。

 厚生年金は、会社と従業員が折半で負担しているが、本人負担だけをもとに、将来に受け取る年金額が、その何倍になるかを計算している。会社は保険料を払ったとみなされていないわけだが、ナンセンスな話だ。

 2.3倍もらえるというのであれば、会社の負担を考えると、1.15倍もらえることになる。それでも、払った以上の年金をもらえるわけだから、十分にありがたい。

 それでも、このモデルがとんでもないのは、妻が3号被保険者でもらう基礎年金まで含めて計算しているところだ。

 04年改革の当時、厚労省がモデルとして示していた厚生年金の支給額は、夫が月額16.7万円、妻が6.6万円だった。ずっと単身、もしくは共働きの人に比べると4割も水増しされている。

 自分名義でもらう年金額で考えると、払った分(事業主負担も含む)の8割余りしかもらえない計算になる。

 ここまで見ただけであきれた試算だとわかっていただけると思うが、そもそもの試算の前提に情報操作の意図が感じられる。

 2004年改革の前に、2000年改革というものがあった、その時にも保険料と年金給付額の比較を行っており、現在の40歳前後の人(1960年前後生まれ)からは、払った保険料分だけの年金は受け取れないという明確な結論を出している。

 2.7倍など夢のまた夢である。08年生まれの人に至っては、74%しかもらえない。  この試算は00年改革を前提としたものだ。

 04年改革は、さらに年金給付額を抑制して、59.3%の所得代替率を50.2%と、給付を15%も削減した。にもかかわらず、保険料と年金額の関係は改善するというのだ。

 この2つの試算を比べれば、04年試算のおかしさは明確なのだが、なぜか疑問の声はかき消されている。なにがなんでも得なのだと、国民を強引に説き伏せる手法が、国民の反発を呼ぶことを理解できないらしい。

 なぜ、こんなおかしな試算が成り立つのか、見ていこう。

 ポイントは、どの時点の価値で比べるか、その時点の価値をどう計算するか、にある。

 価値の計算というと難しいが、20年前の月給20万円と今の月給20万円が同じ価値だと思う人はまずいない。将来の話として、いまの年金額の標準が15万円として、20年後の15万円と同じ価値だと納得する人もいない。

 04年改革の厚労省の試算も、現役時代の給与水準など年金を受け取るための条件が同じ人でも、将来に行くほど年金額は大きくなっていくと見積もる。

 そして、過去に払った保険料も、そのまま足しあげることはせず、一定の「金利」をつけて評価する。そのうえで保険料と年金額の比較は、65歳の年金の受け取り開始時点に置き直して行う。

 04年改革の試算はこのようなイメージで描かれている。青く示された保険料負担については、「賃金上昇率」を金利として受け取ったものとして加算されていく。

 一方、受け取る年金は赤で示され、将来の年金額を、やはり「賃金上昇率」の金利で、年金を受け取る65歳の時点に引き戻して計算する。このような計算を「割引計算」という。

 ここで、割引の物差しとしてどのような金利を使うかがポイントになる。金利が低ければ、65歳時点の保険料が低く評価されることは理解しやすい。

 一方、年金受給額は高く評価される。10年間の定期預金で考えればわかりやすいかもしれない。

 10年後に100万円持つことが目標として、年2%の金利と年1%の金利で、いま、いくら預ければよいか? 簡単には計算できないが、2%のほうが1%より低い元手ですむことはわかるだろう。

 ちなみに、答えは1%だと約90.5万円だが2%だと約82.0万円ですむ。10年後の100万円の現在価値は、金利を1%と仮定すると90.5万円だが、2%と仮定すると82.0万円ということだ。

 要するに、金利を低く想定すると、保険料は低く評価され、年金額は高く評価されるので、保険料に対する年金額の倍率は高いことになるのだ。

 ここで、改めて04年改革の試算を見てほしい。

 ここに、AからDまで、4つの換算方式が書いてある。この4つを金利が高い順番に並べると、B(運用利回り)>A(賃金上昇率)>C(物価上昇率)>D(単純合計)の順になる。そして、2.3倍論はAをもとに導きだされている。

 ところが、00年改革の試算では、04年のAに相当するものはなく、運用利回り(A)と単純合計(B)、物価上昇率(C)しか示されていない。金銭的な価値を換算するのに、物価上昇率を使うのであれば、購買力を示すものになるので、理解しやすい。

 しかし、こうした試算で国民が求めるものは、金融商品と比べて年金が有利かどうかの比較だ。

 金融商品が物価上昇を上回ることができなければ、金融機関に預けていたのではいま買えるものが買えなくなってしまう。金融機関に預けるのはばからしいからモノを買う人が増える。

 物価上昇率で金融商品を考える人はいないので、運用利回りで考えるのが一番自然なのだが、厚労省は、なぜか、物価上昇率よりは高いが運用利回りよりは低い賃金上昇率という概念を持ちだしてきて、これで計算するのが妥当と主張したのだ。

 さすがの厚労省も、こうした批判が出ることを予測していたのだろう。4つの方法での割引計算の結果も示している。これで、運用利回りのところを見ると、85年生まれからは1.6倍となっている。

 事業主負担も考えると0.8倍で、配偶者の基礎年金がない前提にすると0.6倍弱となる。これがもっとも現実に近い数字と考えるべきだろう。

 正直に説明して社会的な助け合いへの理解を求めるべきなのに、現実には2.3倍のところが強調されて、現実離れした損得論がまかり通っている。詐欺的だと言わざるをえない。

 以上、厚労省のモデルケースにもとづく考察だが、人生はモデルケースだけではない。それよりも所得が低い人、高い人はどのようになるのか。

 現役世代の半分は確保するとの「公約」が話題になった所得代替率の議論を通して、次回に考えたい。

javascriptの使用をonにしてリロードしてください。
コラムニスト一覧
(C)2005-2006 shin-senken-soui no kai all rights reserved.