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コラム
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(掲載日 2008.12.02)

 このところ、厚生年金記録の改ざんが問題になっている。

 年金記録は、過去に払った保険料の記録ではなくて、月給の額に近い「標準報酬月額」とボーナスの額に近い「標準賞与額」を、会社が社会保険庁に届け出たものだ。

 この標準報酬に保険料率(現在は15.35%)をかけて算出された保険料が納められる。そして、年金をもらう時には、標準報酬と加入期間をもとに年金額が計算される。

 改ざんの問題が起きているのは、経営が悪化して保険料を納められない会社に勤めていた人たちだ。社会保険事務所にとって滞納は困る。

 そこで、彼らは滞納がなかったことにすることを選んだ。納めるべき保険料が本当は少なかったことにするため、標準報酬を過去にさかのぼって引き下げたり、加入期間をなくしてしまったりしたわけだ。

 その結果、従業員は、本来なら受け取ることができたはずの年金額が少なくなる。ひどい場合は、年金がもらえないことも起きる。日本の公的年金は加入期間が25年ないともらえないためだ。

 給料から天引きされた保険料を雇い主が納めなかったにもかかわらず、知らないうちにペナルティを与えられている。これはもう、国家公務員による財産権の侵害で、犯罪行為だ。

 こんなでたらめなことが、なぜ、全国的に起きているのか。その背景には、厚生年金に加入していない会社の存在がある。

 最新の統計によると、厚生年金の加入事業所は172万社で加入者は3528万人となっている。国税庁によると、日本の法人数は約300万社。07年度に申告があったのは約280万社にのぼる。生きて活動している企業の100万社は厚生年金に加入していないことになる。

 厚生年金に加入していないサラリーマンは、国民年金に加入する。国民年金の実態調査を見ると、1896万人のうち、12.1%が常用雇用されている。ということは230万人が厚生年金からはじき出されていることになる。

 労災保険は264万事業場の5131万人に適用されている。労災保険はパートにも適用されることがあるが、数百万人単位のサラリーマンが厚生年金に入っていないことは明らかだ。

 説明が長くなったが、こうした実態があると、どういうことが起きるか。当然、加入している会社の経営者は、同業者で加入していない会社がたくさんあることを知っている。

 自分は従業員のためを思って厚生年金に入って、一生懸命に保険料を納めてきたのに、経営がおかしくなって滞納が発生すると、取り立てが厳しくなる。そのために会社がつぶれる心配もしないといけない。

 だったら、厚生年金を脱退したいと考える経営者がいてもおかしくないだろう。そうすれば、保険料の負担がなくなって会社が生き返る可能性もある。

 たかが年金保険料と侮ることはできない。例えば、10人が働いていて、平均年収が600万円の会社があると、年間の保険料は年金だけで900万円を超える。厚生年金を脱退するだけで1.5人分のリストラ効果があるのだ。

 厚生年金からの脱退が選択肢にある状況の中では、経営者は雇用を取るか厚生年金をとるかという問題に直面することになる。

 経営が苦しい厚生年金加入事業所から相談を受けた社会保険庁職員も、未加入事業所がいくらでもあることを知っている。毎年、新設の事業所を調査して、適用の促進を行っているためだ。

 強制適用のはずの法人事業所に対して、社会保険労務士を雇って回らせ、厚生年金に入るよう「勧誘」をしているのだ。その結果、入らなくても放置される。

 企業の経営者は、起業した時点で、税務署は厳しいが、社会保険事務所は「優しい」ことを知ることになる。その優しい社保の職員は、相談を受けると、加入している企業と、していない企業の差別をすることができず、脱退を助けてやり、滞納をなくす手伝いまでしていたわけだ。

 このように、悪貨が良貨を駆逐する現象を放任してきたのが社会保険庁であり、厚生労働省はそれを知らないでは許されない。

 少し、統計を見比べればわかる話だし、少なくとも2000年には朝日新聞がこの事実を指摘して、何度も1面をはじめとした記事を展開するキャンペーン報道をしている。

 その後に様々なメディアが厚生年金の空洞化の問題を指摘し、年金記録の改ざんをめぐっては、仙台市の元会社員が国と会社を相手取って損害賠償の訴訟までしている。

 この問題を認識した厚労省は何をすべきだったのか。それは、経営が苦しい企業でも、年金保険料を払い続けることができるようにする環境整備だ。

 そのひとつは、年金保険料率を下げることだろう。当然、そうなれば年金給付は減る。それでも、より多くの国民が参加できる年金制度を目指す必要があることは、これまで述べてきた通りだ。

 このシリーズでも繰り返し書いてきたように、厚生年金は基礎年金があるので、所得が低い人に有利な制度だ。報酬比例の支給は一部でしかないのに、払った分だけ将来に給付があるかのような幻想を国民に広めている。実際は、前回で説明したように、所得が低い人は代替率が高く、高い人は代替率が低い。

 そうだとしたら、不安定な会社で、給料が低いことが多い人たちにこそ、恩恵が行き渡らねば社会保障としての意味がない。保険料率を下げるとしたら、この仕組みをもっと強めて、基礎年金のウエイトを高めるしかないだろう。

 それがはっきりすると、保険料方式なのにおかしいという指摘が出てくることだろう。しかし、保険料方式というのも、第一回で書いたように建前でしかない。

 もし、国民が受け入れないようなら、いっそのこと、税金でまかなうことにしたほうがよいだろう。どうしても保険料を取りたいなら、税方式の基礎年金制度を作って、保険料を払った人は、基礎年金に加えて、保険料に見合った給付がある仕組みを作ればよいかもしれない。

 日本人は保険が大好きだ。民間では、無駄な保険料をたくさん払っている。

 そこにつけこんで官がおこなってきた年金保険ビジネスは、官が勝手な制度を作り、まじめな会社が支えてきたにもかかわらず、いつまでたっても安定化しない。そろそろ抜本的に見直すべき時が来ている。
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