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コラム
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(掲載日 2009.01.20)
 公衆衛生学(public health)は医学の中でも非常に幅広く、多くの分野を横断的に網羅している社会医学である。そこで要求される知識、考え方、または思考手段には、人文科学的手法も要求される。

 現在、世界の公衆衛生学的危機として、パンデミック・インフルエンザ(新型インフルエンザの世界的大流行)がある。世界では、公衆衛生を総括しているWHOが、その情報の発信と対策について指導的立場にある。

 米国では保健福祉社会省の管轄下にあるCDC(疾病予防管理センター)が統括する。その長官は大統領に直結した電話回線を持つと言われる。重大な健康危機問題が起きたとき、大統領の超法規的判断を仰ぐ必要があるからである。

 さて、日本の公衆衛生を統括している国家機関はどこであろうか?

 取りあえず、新型インフルエンザ対策を主管している組織を探してみる。

 基本的には厚労省の中に分散しているようであるが、感染症に関しては結核感染症課と関連施設の国立感染症研究所となるようだ。

 一見、国立感染症研究所とその付属の情報センターが、米国CDCと同等の役割を果たしていると思いたくなるが、実際にはそうではないようだ。霞ヶ関の中の本省、すなわち厚労省の中の結核感染症課が一切を統括しているようだ。

 新型インフルエンザ対策に関しての問い合わせや要望はそちらで良いようではあるが、実際にはその道の専門家がいるわけではないので、細かい話や学問上の問い合わせは無理なようだ。筆者はメールで問い合わせても、返事が来ないことを何度か経験している。

 その点、米国CDCは専門家が実際に研究者として存在しているので、電話等で問い合わせても、医科学的返事はもらえる。

 新型インフルエンザ、またはパンデミック・インフルエンザ対策を考えてみたら、それは正しく健康危機管理であって、公衆衛生学の基本的、かつ古典的課題であるのは間違いはない。

 公衆衛生を主管する組織が、疫学情報を収集し、健康に対する危険性を判断し、そして社会的、医学的、および行政的対策を講じる。

 国によっては公衆衛生庁、または公衆衛生局のような組織が、保健省の中に存在している場合も多い。

 新型インフルエンザが海外で発生し、それが国内にも波及した場合、米国ではCDC長官が、英国では主任医療政務官が全国にテレビで発表し、警戒態勢をよびかけることになっている。

 日本では、そのようなことは決まっていないが、もし国内で発生した場合、それをテレビで全国に向けて発表するのは誰なのだろうか?多分、内閣官房長官か厚労省大臣なのだろうと思う。

 しかし、本来は欧米と同じく、公衆衛生の最高責任者の業務である。なぜなら、この危機は、戦争危機ではなく、経済危機でもなく、健康危機なのである。

 健康危機に対して責任を持って統括するのは、医師で公衆衛生専門家で、かつ行政手腕の長けたリーダーだけである。

 昨日今日、関係役職についた人間には出来るはずはないのである。首相であっても無理な役回りである。事務官が書いたメッセージを読み上げることで、国民が健康危機発生に対して身構えるとは思えない。

 公衆衛生担当者は行政の末端には大勢いる。地域の保健所の医師や保健師、さらには各種の専門家達である。

 しかし、彼等が主体的に地域の健康危機に対して対策を講じることは希である。彼等は概して、国から都道府県に降りてくる指示に従って動く。

 これでは地域の健康危機に気づくのも、対策を講じるのも遅れる。かって多くの対策が遅れた事例があったはずだ。水俣病の発見の遅れが良い例だ。

 地域の健康危機は、地域の公衆衛生専門家の主管する業務である。そのために公衆衛生学という学問が発展したのである。

 国全体の健康危機は、当然、国の公衆衛生専門家が担わなければならない。それは官僚でもなければ、臨床医でもない。

 国内には少なくとも100人以上の公衆衛生学を専門とする、大学教授がいるはずである。彼等は日本における、社会医学としての公衆衛生学の遅れをどう考えているのだろうか。僕はすごく気になっている。また年に一度開かれる日本公衆衛生学会には、信じられないほどの数の参加者が集まる。

 今、日本で進められている新型インフレルエンザ対策に、公衆衛生学専門家の姿は少ない。多くはウイルス学専門家や臨床家、さらには事務職化した保健所長達であることに、僕は違和感を覚えている。

 近代社会以降では、公衆衛生学が社会の基盤に据えられていなければならないのは、敢えて言うまでもないことである。

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