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コラム
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(掲載日 2009.02.10)

 夫のやっているクリニックには「彼女」がいる。  また最近、新しい子が入ったらしい。

 「オク様、うちの先生、新しい子のほうがお利口だし、かわいいって」看護師さんが、お馬鹿オク様の私をみつけて 「うふふ」と笑う。

 夫はいつも言う。「アタマの弱いおまえと違って、どんどん学習していくし、絶対にやるべきことを忘れないし」

 この「彼女」とは、お掃除ロボットルンバのこと。時間をセットしておくと、定時に働いていつの間にか自分の居場所にもどっている。彼は、いろいろ名前をつけて、妻の知らないところで可愛がっているらしい。

 整理整頓超苦手、下駄箱からポン酢が出てくる。大掃除すると、必ず前よりも散らかすので、もう何年も前から、掃除はあきらめている。

 それに、3歩歩くと大事なことでも、こってり忘れるし、毎日同じことなんて、幼稚園のときからできたためしはないから、マメで時間厳守の働きモノは、存在自体が脅威だ。

 オムニくん、アイボちゃんと、話題のロボットは必ずゲットしてきて、夫は昔から、いわゆるロボットおたく。

 私は内心、「馬鹿みたい」と思いつつ、「まあ、あたしには関係ないし」と、タカをくくっていた。

 ところがである。お正月明けに、「今度、うちにも来るから可愛がってあげようね」と、こどもと話しているのを小耳にはさんで、 私は食べていた、ポテトチップスをのどに詰まらせそうになった。

 予感は的中。新参者の「彼女」は、日々、お馬鹿オク様の足元を侵食し始めている。

 田舎から出てきた83歳の母は、昔飼っていた猫の名前「モモちゃん」をつけて、  「長生きはするもんだね」と、毎日話しかけているしまつ。

 「モモちゃん」自身は、お片づけはしないのだが、「モモちゃん」に働いていただくためには、障害物があってはならない。 

 家族みんなが、「モモちゃん」にかわいく働いてもらうためにと、床にものをおかないし、「モモちゃんのお喉につかえたら大変だわ」なんていって、ゴミ箱にシュートして入れそびれた缶コーヒーのプルトップとかを、いそいそと拾っている。

 まさにこれが、ロボット工学の人たちがいう、ロボットへの人間の社会受容性の一形態なのだろう。

 人間支援工学風に分析すると、「動く人工物に、自己の感情を投影させながら、ロボットが不可能な部分を人間が補完しながら、連携して共存していく」というプロセスとやらなのね。

 「お掃除しなくてもいいからいいじゃないですか」と、研究室のオンナの子に言われるけど、「モモちゃん」の存在はそんな簡単なものではないのだ。

 朝6時には、音楽がなって、「モモちゃん」は働き出す。家族は、みんな「朝から働きモノだね」と、彼女に声をかけてから、私を チラリとみるのだ。

 最初は、リビングだけという条件であったのにもかかわらず、家の構造を 学習して、日々学んで、お掃除力を進化させて、自分の領地をぐんぐん広げている。

 階段のところをギリギリのところまでいって、くるっと回転して戻ってくる スリリングな動きが妙にかわいいんだそうだ。

 「けなげでかわいい、かわいい」という家族の言葉の裏に、「ママはちっともはたらかないのに」という棘を感じて、私はちょっとばかり、面白くない。

 「モモちゃん」が動きやすいようにと、いきおい、家族は面倒なものは、みんなママの「汚部屋」に投げいれ、涼しい顔してモモちゃんと共存している。

 ただし、さすがの「モモちゃん」も階段は登れない。私の部屋は2階だし、と思っていたら、3階にある夫の部屋から、ヤバイ音がする。

 慌てて階段を駆け上ると、「ネットオークションでゲットしたんだ。だんだん増殖していくんだ」と、ニンマリ。子どもが横から、「次はママの「汚部屋」のある2階の子をゲットだよね」

 ものが散乱して、床が見えない私の部屋。
ざっと今足元をみても、5年前の総合科学技術会議の配布資料、3年前に出し忘れたクリスマスカード、去年の暮れで期限切れのエステーローダーの新作化粧品引き換え券。

 大事な書類を発掘するのには、数日かかることもザラなのだが、このカオスが私は結構好きで、この世界だけは死守したかったのに。

 「部屋片付けたら、アタマの中も整理されるでしょ。早く観念して片付けてください」と、担当編集者からは言われているし、ついでに泣きついた友人からもあきれ顔で言われてしまった。

 「いい機会じゃない。あの部屋かたづけなさいよ。あと何年かしたら、息子のヨメも来るころだし、見られたら、アンタなめられるわよ」

 こうしている今も、床と天井からは、「彼女」たちの働きぶりが響いてきている。この部屋に「彼女」がやってきて、私の足元を脅かす日もそう遠くはないだろう。

 そろそろ観念して片づけようかなと、足元に散乱している国連の報告書「人間の安全保障」の打ち出しコピーの山を見つめながら、溜息をついてしまった。

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