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コラム
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(掲載日 2009.03.10)

 先日、「日本の医療に関する2009年世論調査」(日本医療政策機構)が公表された。全国の幅広い年齢層を対象として行われ、医療制度や医療費など、医療全体に関わる国民一般の意識をある程度、反映しているものといえる。

 本稿では、上記調査結果から表出した国民の医療不安を紹介し、その背景を論じる。それを踏まえ、現行公的医療保険制度(以下、医療保険)の意義を再確認し、生命と健康のセイフティネットのあり方を検討したい。

 まず、わが国の医療保障制度の土台である国民皆保険は、7割が世界に誇ることができると評価している。しかしながら、制度決定のプロセスの公正さや市民参加については、いずれも8割以上が不満をいだいている。

 特筆すべき結果は、将来、深刻な病気になったときに医療費を支払えないことにつき、「非常に不安」と回答する者は、20代(50.3%)、30代(50.0%)の若年層ほど多く、前年比それぞれ1.7倍、2.4倍増である。

 また、全体では、将来、医療費が払えないことにつき、「ある程度不安」および「非常に不安」であるとの回答が約9割である。

 他方で、高額療養費制度について内容を理解している者は55%、現に医療機関にかかっている者でも、36%が制度を理解していない。

 これら不安の背景には、不況や失業による家計収入の減少、メディアの一面的な報道、などがある。とりわけ、最近は、がん治療時の医療費負担の大きさもクローズアップされ、不安をいっそう増大させている。

 しかし、がん治療においては、時に医療保険適用外の薬剤が使用されるため、保険適用診療と同じレベルで議論することは困難である。本稿では、したがって、がん治療における保険適用外の医療費負担については検討対象外とし、今後の課題としたい。

 医療「保険」制度の目的は、傷病により貧困に陥ることを防止することである。生命や健康を守るのは、「医療」そのものであって、保険ではない。

 換言すれば、病気になっても経済的な不安なく診察・治療を受けることを保障しているのが医療保険である。医療保険制度は医療費の不安をなくすことこそに存在意義があるといってよい。

 「病気は貧困への最短パスポート」である。家計に対する二重の損失、すなわち医療費などの出費と収入の喪失・減少を招くからである。この衝撃に対応する保険給付が3割自己負担、高額療養費制度および傷病手当金などである。

 医療費の不安を解消するために医療保険制度があるにもかかわらず、若い世代がその不安を強めている理由として2点ほど考えられる。

 一つは、先に指摘したように高額療養費制度や傷病手当金制度を理解していないことに起因する不安である。これらを知らないと、かかった医療費を青天井に支払わなければならない、働くことができなくなったらたちまち収入が途絶える、と思うだろうからである。

 もう一つは、3割自己負担さえも辛いと感じる低所得者層、いわゆるワーキングプアが増えてきたことであろう。彼らの場合、医療保険の被保険者資格を失う危機さえ有しているかもしれない。

 生活に困窮し、どうしても医療費が支払えない場合には生活保護制度の医療扶助だけを 単独給付として受けることも可能である。

 つまり、わが国は制度的には、別の視点からいうなら形式的には医療費の支払いに困ることの無いセイフティネットが幾重にも張られているのである。それが国民に理解されていない、あるいはセイフティネット自体が機能していないことは看過できない現象である。

 制度を国民が理解していないことの責任は、第一義的には本人にあるといえる。法律には制度が明記されているし、知ろうと思えば容易に情報を入手することができるからである。

 しかし、要領がよく、目端が利いた抜け目ない人々だけで世間が構成されているわけではない。制度を知らないことの責めを本人だけに求めるのは、やさしい社会ではないだろう。

 行政機関や医療機関の専門職らが積極的な制度の広報を行い、適切な支援を通して、知らないが故の不利益から救済することこそが求められる。

 何より、防貧のための医療保険制度が国民に周知されていないことや機能していないことを、国や保険者は恥じるべきであろう。実態を把握しながら、支出抑制のために、あえて制度を周知、活用しないところがあるとしたら言語道断である。

 日本は戦後、福祉国家の道を選択し、国民に安心を与える社会保障制度の構築に努めてきた。

 時代劇に見られる、父親の薬代のために娘が吉原に身売りをするようなことは国家としての恥であり、このような悲劇を国民生活の中から払底するために、医療保険制度が作られてきたのである。今、医療費の支払いに不安を抱く人々の心境は、この時代劇の登場人物たちと変わらない。

 不況で経済停滞の今こそ、制度を周知、活用させて国民に安心と希望を与えることが望まれる。

 ところで、先の調査によると、不安といいながらも、少なからぬ国民が負担増を嫌っている。国や保険者は安心と希望の未来のためには、応分の負担が必ず必要であることについて理解させることも忘れてはならないだろう。

 もっとも、これこそが至難の業かもしれない。なぜなら、医師や看護師など医療従事者に対する信頼度は9割を超えているが、厚生労働省や政治家への信頼はきわめて低いからである。
 
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