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コラム
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(掲載日 2009.05.12)

 ■医療事務委託の合理性 

 昨今の医療経営は一段と厳しさを増していると聞く。その中で、レセプト処理などを医療事務受託会社に委託する例が増えているようだ。

 医療モールなどでは、医療モールの開設者があらかじめ医療事務委託契約と医院の賃貸借契約をセットで用意している例もあるようである。

 複雑なレセプト処理や労務管理など本業である医業と異なる部分をアウトソースし、医師は医業に専念することで、医療の質を高め、余計なコストを削ぎ落とすのは、極めて合理的な選択である。

 しかし、気を付けなければならないのは、委託する業務の内容が極めてセンシティブな医療情報を含んでいるという点である。

■企業の健診事務処理の委託

 一方、企業は、労働安全衛生法にもとづき、従業員に対する健康診断を実施し(66条)、その結果を記録する義務(66条の3)を負っている。従業員の多い大企業では、この健康診断の実施と結果の記録が非常に煩雑な業務となっており、大きなコスト負担を強いられている。

 したがって、医療機関と同様、企業もこれらの業務をアウトソースする例が多い。医師によるアウトソースとは異なるが、センシティブな情報の委託につながる点は同様である。

 このとき企業は、事務を受託会社に委託するとともに、健康診断の実施自体は医療機関に委託することとなる。この場合、受託した医療機関は、事務受託会社との関係に悩まされることとなる。

 すなわち、企業の要請で健康診断結果を事務受託会社に直接提供することを求められる場合があるが、果たして委託元の企業以外の第三者に健康診断結果を提供してよいものかという悩みである。

■労働安全衛生法の目的

 そもそも労働安全衛生法が企業に健康診断の実施を義務づけたのは、従業員の健康増進を図るためであり、そのために従業員の医療情報に関するプライバシー権が制約されることもやむを得ないとされているのである。

 したがって、企業が従業員の健康診断結果を取り扱うことは、例外的措置として、極めて慎重になされるべきであり、企業自身の目の届かないところでデータがやり取りされることは、極力避けるべきであろう。

■医療機関の立場

 健康診断を受託した医療機関の立場から見ても、医療機関が健康診断の実施を受託したことは明確でも、健康診断結果を第三者に交付することまで受託したのかどうかは明確ではない場合が多い。

 また、仮にそのような受託がなされていることが明確でも、医療法では医療法人の行い得る業務が限定的に列挙されており(医療法24条)、そのような業務を受託してよいのか疑問である。

 受診者本人から同意を取るということも考えられるが、同意しない受診者がいた場合、その受診者のデータだけは企業に返すなどということとなり、かえって事務処理が煩雑となって、あらぬ事故を誘発しそうである。

■刑法上の問題点

 また、医療機関に属する医師は、秘密漏示罪(刑法134条)により、正当な理由がないのに、業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしてはならない、と規制されている。

 したがって、正当な理由(1つには法令上の根拠がある場合、1つには本人の同意がある場合と言われている。)がない限り、事務受託会社への提供は秘密漏示罪に該当してしまう。

 例は違うが、奈良県の精神科医が刑事事件における精神鑑定の結果を含む供述調書をジャーナリストに交付したとして秘密漏示罪に問われた事件は、記憶に新しい。

 以前に、メタボ検診の結果を健康保険組合等の保険者に対して提供することが秘密漏示罪に該当するリスクについて述べたが、この場合はまだ高齢者医療確保法という法令上の根拠があった。

しかし、本稿で述べているような医療事務委託に基づく提供の場合は、法令上の根拠はないのである。

 したがって、医師が秘密漏示罪にならないようにするためには、受診者本人の同意を得るしかないが、現実には、その都度同意を取ることが困難であるし、もし受診者から提供しないで欲しいといわれたら、受託会社に交付して欲しいと要求する企業との間で板挟みになってしまう。

■企業と医療機関の意識

 昨今、個人情報保護ということで必要以上に騒ぎすぎ、本来、充分に流通させることで医療の質の向上に貢献すべき医療情報が局所的にしか利用されないという弊害も現れている。

 しかし、その反面、情報の流通が安易になされることによる事故も多発している。

 これらのバランスを取ることは非常に困難であるが、企業も医療機関も、そもそもバランスを取ることが非常に困難であるという意識を常に持ち、一方に偏らず、常に繊細な比較衡量を行いながら運用を行わなければならない。

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