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コラム
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(掲載日 2009.07.28)
■民法改正の経緯

 民法が抜本改正されようとしているのをご存じだろうか。民法は、明治31年(1898年)の施行以来110年にもわたり、大きな改正なしに今日まで日本人の生活を規律してきた。その民法のうち債権法の部分が、抜本改正されようとしている。

 平成18年(2006年)から、法務省参与(元は東京大学法学部教授)の内田貴氏(民法の代表的な教科書の著者として有名な方)が中心となって、一部の民法学者及び法務省参事官(多くは検察庁からの出向者)が集まり、私的団体である民法(債権法)改正検討委員会(以下「委員会」という。)が立ち上げられた。委員会は、平成23年の民法改正を目標として極めて精力的に検討を続けており、平成21年3月末には、「債権法改正の基本方針(改正試案)」(以下「改正試案」という。)を発表した。

 委員会の設立趣意を見ると、施行から110年を経て民法が時代と合わなくなっていること、国際的な民法共通化の流れに応ずる必要があること、民法の解釈を補充する判例が膨大になり、それらを民法自体に取り込む必要が生じていること、などが挙げられている。これらの設立趣意は誠にもっともなものであり、逆に今まで改正がなされなかったことが問題とされてもいいのではないだろうか。

 ただ、委員会のメンバーが法務省の関係者ばかりで構成されており、現実に最も民法を利用している弁護士や企業・市民がまったく置き去りにされていることなど、この改正作業には問題点があることも指摘されている。

■民法改正の中身

 改正試案の内容を見ての感想であるが、一言でいうと「これは大変な改正だ!」という感じである。われわれ弁護士が長年慣れ親しんできた民法がガラリと変わってしまう。細かなところを挙げると(実は細かくもないのだが)きりがないが、大きなところだけでも、以下のようなものが挙げられる。
  1. 消費者保護の概念の導入(約款の規制を含む)
  2. 消滅時効の期間の変更
  3. 契約成立前の交渉段階の義務が明確化
  4. 債務不履行の種類の整理
  5. 損害賠償の範囲の整理
  6. 契約解除の要件の変更
  7. 債権譲渡の対抗要件の変更
  8. 瑕疵担保責任の要件の変更
  9. リース契約概念の導入
  10. 今までの各典型契約の1つ上の概念として役務提供契約、継続的契約などの「中2階」という概念の導入
 これらは今までわれわれが学んできた解釈の明文化という側面もあるが、新しい概念や新制度の導入もかなり含まれており、頭を切り換えないといけないようだ。

 法曹以外の方に分かりやすい例を挙げると、債権の消滅時効は、今まで一律10年であったが、改正試案では、(1)債権者が債権発生の原因と債務者を知ったとき、又は、債権を行使することができるときのいずれか後に到来したときから3〜5年、(2)債権を行使することができるときから10年の2段階制にすることが検討されている。したがって、多くの場合、債権は3〜5年で消滅することになり、ボヤボヤしているとすぐに時効で請求ができなくなることになりそうだ。

■説明義務への影響

 では、民法改正が医業に与える影響を考えてみよう。

 診療契約は、従来、準委任契約であるとされてきたが、これには変わりがない。ただ、準委任契約は「中2階」の役務提供契約又は継続的契約の条文の規律を受けることになるので、この点に注意が必要となる。

 また、委任契約の中では、報告義務(説明義務)の改正が検討されている。従来は、「受任者は、委任者の請求があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告し、委任が終了した後は、遅滞なくその経過及び結果を報告しなければならない。」(現行民法645条)という規律であった。

 しかし、改正試案では「受任者は、委任者の請求があるとき、および、委任事務の処理について委任者に指図を求める必要があるときは、いつでも委任事務の処理の状況を報告しなければならない。」と定めている。「委任事務の処理について委任者に指図を求める必要があるとき」にも報告義務が生ずることが新たに明文化された。

 インフォームド・コンセントは、十分な説明(報告)をした上での同意という意味であるから、この改正試案の内容は、まさにインフォームド・コンセントを民法上も明定したものと位置づけることができるのではなかろうか。医師が何らかの施術をするために患者の同意(指図)を得ようとする際には、説明(報告)をする必要があることが、民法でも明確化されたと考えるのである。

■指図の遵守義務

 また、従来は憲法上の自己決定権に基づくものとして処理されてきたことも、民法上の規律として処理される可能性が出てきた。

 改正試案では、新設規定として「受任者は、委任者が与えた指図に従って委任事務を処理しなければならない。ただし、委任者の指図に従うことが委任者の利益に反すると認められる場合であって、委任者にその指図の変更を求めることが困難であるときは、この限りではない。」という条文が置かれた。

 すなわち、医師は施術を行うに当たって、原則として患者の指図に従う義務があることになる。例外として(1)指図に従うことが患者の利益に反し、かつ、(2)指図の変更を求めることが困難であるときに限り、患者の指図に反する施術を行うことができる。患者の「指図」という言葉には抵抗があるかもしれないし、専門家たる医師と患者という医療契約の特殊性から、単に患者の「指図」のみで全てが決定されるわけでないことは、言うまでもない。

 しかし、エホバの証人事件(注)の最高裁判決などで、既に患者の自己決定権に基づく決定(指図とも言い換えられよう)が尊重されなければならないことは明確化されており、判例上、改正試案の規定案の内容は目新しいものではないとも言える。しかし、判例法理及び憲法理論でのみ認められていた考え方が、民法でも別の角度から規定されたことは重要な意味を持つだろう。

■終わりに

 民法(債権法)の抜本改正が医業に与える影響のごく一部を見てきた。おそらく、このほかにもまだ医業に影響を与える改正規定があるものと思われる。改正試案は、私的団体の試案に過ぎないが、法務省関係者が関与している以上、その大部分が国会に上程されることになる可能性がある。委員会のメンバーはいずれも民法学会の秀才であろう。しかし、現実に生起する事象はあまりに多様で、いかなる秀才でもそれを予測し尽くして対処することは不可能である。

 したがって、日々実務に携わり、問題に直面しているわれわれが、改正試案の行方を見守り、正すべきは正すために声を上げる必要があろう。

(注)平成12年2月29日最高裁判決。輸血を受けることが宗教上の禁忌である「エホバの証人」の信者が手術中の輸血を拒否していたところ、医師が患者の意思に反して、手術中に輸血を行なったことが、違法であるとされた判決。
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